第二十七話 「覚醒」
酒を飲んで寝て起きたら、財布の中身が315円になっていた。
ちなみに貯金は、ない。
それで、
藤前
は覚醒した。人間追いつめられると覚醒したような気分になって冴えたような気がするものである。藤前もそれだった。
大股で出勤し、管制室に入った。
香取を睨みつけ、
艦橋
の後ろに座って一時間。悠然と交替。見たか、これが覚醒藤前の力だと香取を見るが、香取は興味なさそうに手を振っている。激怒しそうになるのをこらえ、涼しい顔をしてヘッドセットをつける。
希望世界
ではハママツが元気そうに、腕を振ったり身体を傾けたりして体操している。
“あ、フジマエに変わった?”
「一言も言ってないのによく分かったな」
“鼻息違うもん”
藤前は怒ろうかと思ったが、耐えた。
「そんなに鼻息は荒くないぞ」
“ふうん”
「本当だぞ!」
ハママツは首をかしげた。この動作は体操、ではないらしい。
“別に疑ってはないわよ。だって、比較対象他にいないし”
「艦橋がいるだろ」
“だから、鼻息が違うのと鼻息が荒いって別だってば。それとも日本は同じなの?”
「違う」
“でしょ。それと、喧嘩しないようにするっての、まだ有効だからね”
「分かっている!」
後ろから盛大な咳払い。香取だった。ええい。いや、違う。僕は覚醒した。こんなことで怒っていては給料日である25日まであと25日間315円で過ごせない。
そうだ、逆に考えよう。今のこの状況は好機だ。すなわちチャンス。
売り言葉に買い言葉だったが、喧嘩しないという状況は天佑だ。これで静かに乗り切れば香取も黙るに違いない。
そのためには、まず最初の一歩だ。
藤前は姿勢を改めた。
「最初に確認する。僕たちの関係はなんだ」
“可愛い吟遊詩人と、それにとりついた悪霊”
最初の一歩目で盛大に失敗した。暴れようとしたら後ろで香取が咳払いをしている。
小声を出す藤前。
「怒らせた方があやまるんだったよな」
“あ、ごっめーん”
完全にわざとやっただろという顔だった。実に楽しそう。
藤前は、怒りに震えた。目を細めた。
「怒らせ合戦に変わったのか」
“違うわよ”
わざとやった癖に、そんなことを言う。
「じゃあ、やるな」
“なによ、その態度”
今度はハママツが怒った。
「なんだと、やるか」
二人でうなった。二人でそっぽを向いた。
“ここから24時間よ”
「煽ったら負けだ」
藤前とハママツは黙った。
何を考えてるんだハママツはと思いつつ、藤前は作戦を考える。そう、相手の出方を待ち、無難なことを言う。これだ。これならいける。
そして、会話がなくなった。背後で香取が剣呑な目つきをしている。
分かってますよ。黙ってちゃ仕事にならない。
モニターを見る。ハママツは横を向いて顔を赤くしている。
「あー」
“あー”
“天気いいよね”
「そうだな」
背後で香取が机の前で水泳大会をしている。意味が分からない。
藤前は無視して目の前のハママツに集中した。まさか、ハママツの方がましという人物が出てこようとは。
「元気か」
“あ、うん。大丈夫”
何を間違ったか、ハママツは緊張しまくりである。
僕まで恥ずかしくなる。やめろといいたいが、それで怒らせて負けるのもくやしい。
「自然にしていいんだぞ」
“そっちこそさっきから黙っていやらしい”
「いやらしいとはなんだ! いやらしいとは」
“じゃあ何か喋ってよ”
「あー、315円」
ハママツが首をかしげた。
“なにそれ”
藤前は遠くを見た。
「なんでもない」