第四十話 「検索」
正直に言えば、
NEFCO
に出向するのが嫌だった。入社10年でようやく仕事の面白さが分かってきて、いよいよ第二東名が完成し、東名高速道路の大規模補修工事の計画に携われると思ったところでこれである。腰を折られたと思っていた。
あげくに15の娘に、変態かと言われてしまった。なんか話せと言われたから道路の話をしただけなのに。もう嫌だこの職場。しかも、しかもよりにもよって自分を変態呼ばわりするような小娘が好きだとか。しかも衆人環視の中でしか話せないとか。
藤前啓介
は布団の上でごろごろ転がった。もうダメだと思ったが、人生も仕事も、続く。そりゃそうだ。道路の仕事に終わりはない。作れば終わりでもないし、大事に補修して使っていけば、人間の寿命をも超える。
古代の地図なんかがそうだ。共有地である道路はその必要性から街並みが変わっても後代まで良く残る。建物は消え建て替えられ、あるいは別の施設になろうとも、道路だけは変わらずにいる。1000年前とほぼ同じ位置の道路なんて、この国には呆れるほどある。
あ、なんか道路のことを考えて来たら元気が出てきたぞ。嘘だ。なんだよあいつ、強気の割にすぐ泣きやがって。
藤前は再度布団の上で転がった。先ほどから右に左に布団の上を転がっている。自分でもバカだと思うのだが、やめられない。
死んだ目で起き上がった。ハママツが一人で泣きながら歩いているのを見て、感じて、自分も重大なダメージを受けてしまった。自分と交代でオペレートする
艦橋
も、つらいですよねと言っていた。そりゃそうだ。なんというか、泣かれると、来る。
再び布団に戻ってゴロゴロする。僕の人生ボロボロだ。最近あの娘のことしか考えてないじゃないかと思った。世間一般でいけば道路から異世界とはいえ生身の女性に移ったのだから、大いなる進歩だといえるのかもしれないが、藤前は、まったく違う感じ方をしていた。
せめて彼女が20代半ばだったら。いや、それならあんな風にころころ表情変えたりしないかな。よく分からない。ああくそ、あれでいいとか思う自分が嫌だ。犯罪者になった気分だ。
ゾンビのように布団から起き上がり、おもむろにお湯を沸かし、カップ麺をすすって勉強しようと思った。いや、その前に髭を剃ろう。あんまり毛深くないせいか、髭がまばらで無精髭になると恰好悪い。
勉強だ。そう。勉強だ。15歳少女のプロに僕はなる。
ダメだ、犯罪だ。
深い穴を覗いた気がしてカップ麺ごとぶっ倒れそうになりながら、藤前、いやフジマエは思いとどまった。勉強だ。思えば新卒した時は道路のことなんて何も分かってなかった。
どの道、どうあろうと彼女が幸せになるオペレートをしてあげないといけない。せめてその手伝いはできるようになりたい。
よし、そうと決まったら頑張ろう。フジマエは2個目のカップ麺にお湯を注いだ。これは頑張る僕の決意表明だ。
そう言いながらノートパソコンを開いて、検索ワードを考える。
<15歳少女 幸せにする方法>
いや、これはダメな気がする。バックスペース、バックスペース。
ん、じゃあ、どう調べればいいんだろう。さしあたって森の歩き方か。そっちは今義勇社員達が検討しているんだっけな。
そのまま幻想交流と名付けられたこのプロジェクトの義勇社員掲示板を見る。家でこのページにアクセスするのははじめてなので検索で幻想交流と打った。
進捗を確認するつもりだったが、そこで自分の名前があるのにびっくりする。
<フジマエってどうよ PART13>
13、だと。エンターキーを押す手が震える。見ない方がいいと頭の中の賢者が言うが、押した。押してしまった。
<フジマエは陥落したわけですが>
タイトルを見た瞬間に陥落してねえよと大声を出した。なんだそれは。けしからん。お前に何が分かる!
<ぶっちゃけフジマエのビジュアルがわかんないので私の中では太った若禿の人(海法さん)で再生されるんですよねー>
フサ・フサ・だ!
フジマエはノートパソコンを閉じた。ダメだ。このノートパソコン壊れている。