石畳が連なる宿場町

遠州森町えんしゅうもりまち

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行政組織が比較的よく残ったせいで町割がしっかりしていて、細いながらも街道を中心に昔の日本を思わせる街道宿場ができた。NEFCOとの交流を最初に推進した積極性の高い場所である。

町割りは細長く、道に面した幅10mほどの建物から、後ろの畑まで、およそ300m以上の短冊状の土地を人々は私有している。このうち建物を建てて住んでいるのは道に面した部分だけで、あとは耕作などを行っている。伝統的に道に面したところを表、その後ろを裏といい、裏に入れるのは家族だけ、という文化になっている。

木造のほか、通り土間があるなど、各所が町屋建築に近く、日本人には親しみの持てる地域になっている。建物同士の隣接が危険なくらいに近くになっており、火事をおそれてあちこちに水桶が積んである。これも、日本に似ている。

この町は数年前から急速に瓦が復旧し、ますます日本に似ることになった。この地の人々は火災を恐れており、火の粉が飛びかかりにくい瓦に大きな価値を見出して、NEFCOから技術情報を得て煉瓦と瓦の政策に取り掛かっている。