第六話
「交渉(1)」

 どうしても諦められず、自分でこっそり現場に行って、土をかぶせてみた。
 休工日を狙っての活動である。 長篠設楽原 ながしのしたらがはら PAの工事監督を担当する社員に土下座の勢いで頭を下げての活動だった。
  荒木和歌 あらきわか 。実際にやってみないと何事も分からない、いや、分かりたくない派閥である。
 安全ヘルメットをかぶり、3時間一人で土の山を作って、最後は鬼瓦のような顔をした監督と一緒にシャベルを振るった。
 結果幽霊は消えなかった。まあ、そうかと、肩を落とした。
 でなければ、 NEFCO ネフコ が作られるわけもない。
 いや、分かってはいた。分かってはいたのだが。

 ほら見たことかと監督に怒られながら頭を下げて土を戻す。作業が終わるまでに4時間かかった。作るより時間がかかったのは疲れたのと、もう一つ、消沈したからであった。
 ようやく作業が終わったのは17時頃だった。ようやく息をついて風景を見る余裕もできた。もう日が傾いている。

 夕刻に見える美しい山の稜線に、夕日に照らされる山間の田圃が美しい。かつてここが歴史の教科書に載るような古戦場だったとはなかなか信じられない。
 この光景だと巨人の幽霊がいても、あまり変には見えない。いや、美しい風景の一環に見える。
 翻って巨人の幽霊を見る。巨人の幽霊も夕日を見ているようだった。こいつも山作ったり戻したりするのだろうか。
 そう思うと、親近感の一つもわいてくる。
 巨人の視線を追う形で山の間を見る。鳥が飛んでいる。
 この巨人、鳥を見ているんじゃないか。
 遠くの蜃気楼みたいなものだと思ったのに、そういうものでも無いことに気づいて、和歌は目を見開いて幽霊を見た。少なくとも向こうからこっちは見えているものらしい。いや、こっちからも向こうは見えているのか。

「おーい。聞こえますかー!」
 声をかけ、手を振って見た。
 隣で休んでいた監督が、ため息をついた。
「元気だねえ」
 元気と言われる歳でもないのだが、声をかけ続けた。両手をあげたり、飛んだり、はねたり、声の調子を変えてみたり。
「幽霊には聞こえてないと思うよ」
 顔の割に親切な監督はそう言ったが、和歌としては、一緒に夕日を見たという経験がある。
 ちらりとこちらを見たような気がする。次には目を背けられた気がする。気がするばっかりだが、こればかりは鮮明化処理をしていないので詳しいところは分からない。
 いや、逆だな。鮮明化処理技術が開発されたせいで、リアルタイムで相手が反応をしているのに気づいていないのではないか。
 交流してみたい。いや、交渉したい。そして出来れば工事現場からちょっと離れて欲しい。必要なら場所を用意しよう。
 和歌の頭の中で新たな対応策が次々沸き上がった。つれない美人を振り向かせる仕事と思えば、いける。俺はいける。
 大学時代、見栄張った車で彼女の足代わりになっていた暗黒の思い出を思い出し、あれと同じだと思ったら急に死にたくなった。いや、死なない。仕事頑張る。

 それにしても、なんで無視するかなと思いながら家に帰る。
 あの巨人も同じ女だ。思いつくこともあるかもしれないと、妻に聞いてみた。仕事の話なんか珍しいねと言いながら、妻は料理をよそいながら考えた。
「今日はどんな格好だったの?」
「黒いジャージだけど」
 NEFCOの作業服を使えなかったので、私服だった。
「足下に黒い固まりが動いていたら目を背けるんじゃない?」
 俺はゴキブリかよと妻の無慈悲な言葉に打撃を受けたが、いや、だが、確かにその線は、ある。向こうからもよく見えないなら、十分にある。
 黒くてカサカサしたやつか。いや、妻はそこまで言ってない。
 まあ、そういうものに見えないようにしよう。
 しかしあの巨人見た目は若かったから、年格好がより近い娘に聞いてみた方がヒントになるかもしれない。そこまで考えて、尋ねるのはやめた。娘は最近微妙なお年頃、話すのがちょっと怖いというか気後れする。嫌いとか言われたくないみたいな?
 翌日、出社。朝起きたら筋肉痛で、歳はとりたくないなあとぼやいていたら、調査部部長の岩井さんが、40代はもっと大変ですよと真顔で答えた。

 ともあれ、早速部下に依頼して企画を練った。巨人を振り向かせてみようプロジェクトである。
 調査部からも予算をかっぱいでの計画で、その内容は大きく分けて二つからなっていた。
つまり、
1.巨人と話すためのお立ち台を作る。
2.巨人から見て違和感のない格好になる。

 このうち、お立ち台は紛糾した。大変だった。
 まずもって立てる場所でもめた。あの巨人、本来は岡崎SAが作られるあたりに主として姿を見せていたのだが、この場所は保安林で、仮設とはいえ建設許可をとるのに多大な時間と手続きがいることが判明した。
 そこで次善の策として、長篠設楽原PAになるであろう敷地に建設することになった。初めて目があった場所があそこだったので、和歌としては不満がなかったのだが、調査部の方は数値的根拠として発生、発見回数の統計を出してきて、さらに調整に時間がかかることになった。
 調査部の岩井部長としても、少なくない予算がかかることもあり、失敗したくないと考えたのだろうが、まずは社内調整に大変な時間と手間がかかった。

 続いて予算の問題が発生した。NEFCOの予算だけでは足りないことが判明し、今度は金策にあけくれることになった。親会社の方をめぐり、リーマンショック後の渋い景気の中で、幽霊問題の重要性と対処を説いて回る羽目になった。
 最終的には対話後長篠の合戦跡を一望できる見学台としてPA横にて使用することを条件に資金が出て建築することになった。

 そうこうしている内に、年があけて2010年である。
 工事の着工を横目に見つつ、実際にお立ち台の上で巨人と話すための服装を作る。コスプレ衣装を作る会社からの協力を得て、服の色を色調補正した衣装を作成した。銀色と赤という装いだ。
 今は別の会社に移っている木林からの協力を得て、いくつかの大学を回って比較言語学の研究者の知見を借りることにも成功し、和歌はダンススクールに通い始めた。
 最終的には、これ、すなわちキレのいいダンスで彼女を振り向かせようという計画である。
  艦橋 かんばし を含め多くの社員が口を揃えてやめましょうと言ったが、和歌は、この際出来ることはなんでもやるつもりであった。そもそもダンススクールの代金は自腹である。文句を言われる筋合いはない。

 なんとなくの思いつきからのはじまりだったが、いろいろな人々の協力と、企画を通すためとはいえ少々、いや多大な出任せを言ってしまった。この上、道路本体と比較すれば少ないとはいえ、NEFCOからすれば多額の予算が掛かってしまっている。失敗は許されない。後退のネジはとうに外れている。この際踊りで関係者の失笑を買おうとも、とにかく、なんとしても、絶対に、巨人から何らかのリアクションを得なければならなかった。

 巨人との交渉は、2011年の冬に決まった。雪が降ったりすれば工事が止まるし、それでなくても年末年始の休みがあるので、その間を縫って巨人とコンタクトをとる予定であった。