第五十三話
「浜松」

 香取が鬼のような表情で、一宮管制の玄関から走ってきている。
 さすが、と思いながら岩井は自家用車の助手席に座る女に話しかけた。
「死にそうな顔をしていたよ。会社だってやめてしまうかもしれないな。感想は?」
 女は顔を真っ赤にして、手で顔を隠した。
「まあ、その、やっぱりかという感じ」
 岩井は微笑むと、なるべく明るく声を出した。
「最後まで予告通りというわけだ。家内も僕も、娘ができて嬉しかった。君が流れ着いてこの8年間、本当に嬉しかった」
 岩井はハンドルを軽く叩いた。手で、香取に待てと指示する。
「行くのかい」
「ごめん、……あの、お父さん。あの、あのね。顔見て笑ってやろうって、ずっと思ってたの。ゴメン……ゴメンね」
 岩井は微笑んでハンドルに顎を預けた。
「はじめてお父さんと言われた気がするね。その一言を僕の報酬にするよ」
 女は泣きそうな顔で、岩井を見上げた。
「ごめん……」
「いいさ。じゃあ、岩井浜松さん、ちょっと行ってくるといい。見学者と言うことで話は通してある」
「うん」
 就活に行くようなスーツ姿のハママツは頷いて、助手席のドアをあけた。香取と入れ違いで一宮管制の建物に入っていく。
 助手席には香取が乗り込んで来た。岩井はハンドルから顔をあげて、横を見た。
「これから娘を取られた記念の傷心旅行に行くんだが、なんで君が乗ってるんだ」
「色々隠してましたね」
 腕を組んで香取は、前を見ながら言った。
「少しね」
「ほお、少し」
 香取は鬼のような形相で言った。岩井は頭をかいた。
「娘の名前は話していたつもりだったよ」
「確かに芸者みたいな名前だって覚えてはいましたよ。ああ、あと、妙にポスターチェックが厳しかったり、まるで家族のためのように必死に仕事してたりな!」
「よく見てるじゃないか」
 香取は唸った。怒りの唸り。がるるるる。
「聞かせてもらいますよ。最初から最後まで。あと、なんで14じゃなくて15なんですか」
「見栄だよ。娘が、ちょっとでもフジマエに近いほうがいいって言うからね」
「予告予告といってたな。その予告したのはあんたの娘だな」
「彼女は2回目だからね。もういいだろう。僕は有休だ、娘を送り出した親は傷心旅行に行くつもりなんだ」
「んじゃ、俺も行きます」
 岩井は何言ってるんだこの人は、という顔をした後、25秒で車を発進させた。

幻想交流 ハママツ篇 おわり






































○ボーナストラック
 藤前ことフジマエが階段を下りて玄関に入ったところで若い女の子にぶつかった。服装からして会社見学の人らしい。すみませんと言いかけて、心臓が止まる様な気になる。
 鼻を赤くしてあいたーと涙目で言っているのは、今さっき、サヨナラした遠い世界の女の子。が、成長した姿。
 目が、合う。ハママツさんこと岩井浜松は鼻をおさえて涙目だったが、不意に胸をそらして腰にこぶしをあてた。口をあける。
「わーはっはっはっは」
「ちょ」
「わーっはっはっはっは!」
 実はこれをやるために八年ほどの時をこっちの世界でやり直してきたのだったが、最後まではやりきれなかった。
 抱きしめられて腰から持ち上げられてくるくる回ったあげくに、さらわれたからだった。フジマエは電光石火だった。そのまま役所に行った。

幻想交流 ハママツ篇 今度こそおわり

ハママツ篇