第五十二話
「螺旋」

 大部分の書き込みは素直に俺たちの 藤前 フジマエ を応援するものだったが、中には一人二人、全然違うことを書いている者もいた。
”トヨタさんなら世界移動の方法を教えてくれるよ”
”助けてと言えばいいと思うよ”
”覚悟を決めるんだ”

 助けを求めたところで、誰が助けてくれるんだろうと、藤前を見る。あの顔は言葉にせずとも助けてくれと皆に言っているようにしか見えない。
 トヨタさんからは、窓を開けられても扉は無理だと言われている。
 覚悟、覚悟ねえ。覚悟があればどうなるってんだ。覚悟でどうにかなると思うのは日本の職場の悪いところだろう。

”今の藤前ならヌケガラで可能性が低いから移動しても大丈夫だよ!”
 このアイデアは、と思ったのだが、藤前の可能性は常時モニタリングされていた。藤前のそれは低い値とはとても言えない。まあ、異世界の娘と恋仲になりゃ、そりゃな。
 失恋してもこのままでしょうとは、名鳥が分析している。実際今もそうだ。

 香取はため息。残念だった。いや、でも応援メッセージには意味がある。
 藤前が少し落ち着いたら、このメッセージを見せてやろう。泣いて失ったものを思い出すに違いない。その頃には、応援をありがたいと思うはずだ。
 また新しい一歩を踏み出す力になるのではないか。

 藤前の背を叩いてやろうかどうかと悩んで、叩くのをやめる。ま、俺は俺の仕事をやるべきだろう。つまり、有休だ。藤前。ちゃんと有休獲得してやるからな。
 辞めるというならせいぜいいい条件になるように手をまわしてやろう。
 そしてこれからは、こういう問題が二度と起きないように人員配置その他を改善せねばなるまい。

 結局香取は誰にも声をかけず、一人喫煙所に行った。

 しかし、人を好きになるなとは社員には言えないしな。仕方ない。仕方ない。残念だった。






































 喫煙所で煙草をくわえて携帯を見ていたところ、不思議な書き込みを見つけた。
”事実として、資料と現状ではハママツさんの年齢に一年のズレがあります。”
 そりゃ誕生日が来ただけだろ。いや、まて。
 煙草を押しつぶして消しながら香取は幻想交流のページを見直した。
 確かにそうだ。資料では14、今は15だ。記憶ではずっと14だったし、そもそも初期の資料を書いたのは香取だった。その時しっかり14と書いたはず。社内資料を問い合わせる。
「14ですよ」
 そう海外女史に返されて、原稿を見て見ろと指示を出す。待つこと3分。
「あれ、15になってる」
 香取は喫煙室を飛び出した。
 不思議な書き込みには、続きがある。
”希望世界へ誰かが何かを一度通した痕跡がある”
”年齢から見て、通ったのはハママツさん自身だ”
”通したのは、あなたの身近にいる人物のはず”
 藤前が見ても何も思わないだろうが、香取には思うところがある。身近な人物で資料を書き換えられる人間なんて、そうはいない。

 管制室に戻った。時刻は9時。そろそろ管制員は入れ替えだ。
「岩井さんは?」
「今しがた有休をとって休まれましたよ」
 交代人員がそんなことを言っている。
 藤前はよろよろと帰り支度をしていた。香取は一瞬だけ藤前を見た後、岩井を追って館内を走り始めた。階段を飛び降り、走る。
 玄関へ。
 車が一台止まっている。岩井の車。助手席に一人、女が乗っていた。