第五十一話
「外伝 ナガシノの戦い」

 こうなってくると森の中での乱戦は、願ったりかなったりだった。嬲り殺しよりは、少しマシな結果になるだろうと、ナガシノは少し微笑んだ。
 微笑んだまま茂みを突っ切り、小太刀で一匹の戦闘騎を切り裂いた。喉笛と血管を両方切断されて笛のような音を立てて戦闘騎が倒れる。殺したかは分からない。戦果を確認せず、そのままシタラに乗って走り抜ける。口の中を切ったか、血の味がする。
 敵は無傷で勝てぬと思ったか、作戦を変更して損害を許容するように密に包囲網を作ろうとしている。
 走りながら、目も走らせる。
 それまでばらばらだった敵が密集している。
 ナガシノの目が敵を見つけた時には、勝手に身体が動いていた。懐にいれていた”てつはう”に火をつけ、投げ、爆発させた。
「自爆用にとっておいたんだけどな」
 まあでも、もう二匹は殺せた。でも残念だ。苦しまずに死ねると思ったのだけれど。敵はさらに包囲を縮めてきた。
 シタラが戦闘を喜びながら敵に突撃した。巨大な体で敵に体当たりし、押し倒す。左右の敵から噛みつかれて鮮血があがる。その隙に短筒で一匹の頭を砕き、もう一匹の喉を小太刀で切り裂いた。返り血を浴びた。重い。袖を自ら引きちぎり、敵に笑って見せた。
 襲い掛かる。敵も正面から向かう。血の混じった唾を吐いて敵の目を潰すと体当たりするように小太刀を突き刺し、戦果をもう一つあげた。
 そこまでだった。
 背中に焼けるような激痛が走る。背を爪で斬られた。まだだ、まだ友達のために戦える。
 前に何歩か進んだところでもう一度後ろから切り付けられ、踏み倒された。胸が圧迫されて出したくもない息が出る。敵が人の面をしてにやにや笑っているのが見えた。
 生きながら食われる間にもう一匹殺してやろうと笑い返したら、不意に聞きなれない音がした。
 太鼓の音だと気付いた時には、森の中を突っ切るように矢が放たれていた。木々に隠れ、必殺の距離まで近づいての、矢の一斉攻撃。数百の矢が飛来して戦闘騎の側面に刺さる。何十もの矢を受けながら戦闘騎は笑った。笑ったまま、どぅと倒れた。
 その程度では死なぬはずの戦闘騎が倒れて痙攣している。毒かと、ナガシノは瞬時に判断した。それも尋常の毒ではあるまい。
 気をつけながら、それでいて急ぎながら立ち上がり、肋骨の折れたことを確認しながら走った。矢の方へ。敵の敵は味方だと習った。今はそれを信じるしかない。

 矢を放ったのは半裸の蛮人たちだった。男もいれば女もいる。いや、女の方がずっと多い。赤や青の染料で体や顔を塗り、あるものは矢をつがえ、あるものは棍棒を持っている。数は分からない。見たことがないくらい、沢山いる。
「岡崎から迎えに来た。ハママツだな」
 違うと言いかけて、矢が再び飛ぶのが見えた。
「白いのは味方だ。撃たないで!」
 顎で蛮人の一人が指図して、矢はシタラ以外に飛び始めた。戦闘騎は戦闘の継続を断念して遺体を遺棄して逃げ出し始めた。敵ながら優れた判断だ。
 姉が無事なのを見たら、痛みが不意に強くなった。唸り、しゃがみ込む。声をかけてきた蛮人が背を見た後、笑った。
「武器も使えぬ娘と領主から聞いていたが、意外にやるじゃないか。俺の子でも孕むか?」
 ナガシノは痛みに耐えながら睨んだ。
「孕まない。それに私は、ハママツじゃない。その友達のナガシノだ。あの白いのは、私の姉のシタラ」
 蛮人は面白そう。
「面白い。俺はコクヨウ。まあ、狩人だ。時に戦もやる。ここにいるのは領主に頼まれた連中だ。で、妃の友人というなら、助けても儲けが出るだろう。誰か、傷の手当てをしてやれ」
 差し伸べられた手を振り払い。ナガシノはそのまま意識を失った。シタラがゆっくりとナガシノの横に座り込んで蛮人たちを見る。
 コクヨウは再度面白そうに笑うと、周囲に怒鳴った。
「何をやっている。傷の手当だ。領主のことだ。こいつらにも利用価値をみつけるだろう」