第四十六話
「岡崎」

  希望世界 エルス の岡崎という場所は、絶技で削られて作られた新海に面した山の街だった。
 かつては山の上の街だったのだろう。今は山全部を覆うように街ができている。建物からして裾野に近いほど近年になって作られたもののようである。そして上の方ほど立派で、豪華な建物が建っていた。
 たぶん、戦争被害から我が身を守るため、山の上の方に街を作り、その後段々と安全が確保されるに従って下に降りてきたのだろう。ハママツは狭い坂道を登りながら、そう思った。
 山に作られたこの街は、当然斜面ばかりである。道も建物も斜面に作られていて、さらに土地不足が圧し掛かってこの街を大層不便なものにしていた。道が狭く、建物は無理に無理を重ねて五階立てになっている。
 無茶だと、素人が一目で見ても分かるほどの無理な増築である。右にずれたら上層階は左にずらそうとか、そういう適当な感じで上に建て増しをして一見して倒壊しそうな建物になっている。実際、上の方が崩れて落ちてくるなんてこともあった。ところが住人は気にもしていないときている。きっと日常的にある光景なのだろう。
「はぁー。ここはここで、すごいところね」
 ハママツは呟いたが、街といえばここしか知らぬオカザキにはその言葉は伝わらない。不思議そうな顔をするばかりである。
 それにしても、なんだってここまで過密になっているのか。いや、考えるまでもなかった。戦闘騎。あれを恐れてこうなったのだろう。

 そう考えると、自分の故郷である崖の街と似ている部分も結構ある。逆に言えば人間を追い回している戦闘騎は、ちょっとした隆起にも弱いのではないかと、そんなことを思った。
 知ってたら友達を助けられただろうか。
 そう思ったら、気分が沈んだ。

 気分を何とか立て直し、顔を上げたのはオカザキが足を止めてからだった。
「ここです。私の家」
 他の建物と同じく、いかにも倒壊しそうなちぐはぐな建物である。しかも、最上階である五階だった。
「貧乏だと上の方に住んでいるんです」
 階段の上り下りが大変で、昼は日差しが強いからだという。用を足すのもいちいち大変そうである。こと、貧乏人や高齢者にとっては、崖の街もあまり変わらない気がした。
「ふうん。なんというか、どこも大変そうだね」
「そう、ですか?」
 オカザキは分かっていなさそう。いっそそっちの方が、幸せというやつかもしれない。
 オカザキという少女は、おっとりした見目の割には元気である。階段を二段飛ばしで駆け上がり、雨戸を開けて風通しを良くした。屋根の上に植物を生やして、それで随分涼しくなったと言う。
「水とかどうしてるの?」
 そう尋ねたら恥ずかしそうにしていた。詳しく聞く勇気はなかった。
 部屋の中は土煉瓦を積み上げただけで、そこの上に敷物をしいてどうにか人間が住む場所であることを主張している。煮炊きの場所はなく、地上の共同炊事場でやっている、とのこと。
「まあ、ここじゃ燃料もってあがるのも大変そうだしね」
「というより、一部屋しかないので、煙が酷いんです」
 オカザキは笑って言った。
 窓際に立って、手招き。近づくと風が吹いて髪を踊らせ、潮の匂いがした。
「ここだって結構いい場所なんですよ。ほら。こんなに綺麗」
 町並みに海が見えて、確かに見事な眺めであった。一幅の絵画のようであり、動く分、絵画よりも良いもののようにも思えた。
「うーむ、確かにいいわね」
 フジマエにも何か感想を言わせたいが、あいにくヤツは黙ったまま連絡がない。よほど結婚を考えるという言葉に衝撃を受けたようである。
 もしかして、私の事が……いやいや。どうなんだろ。さっきあれだけ聞いて好きともなんとも言ってなかったし、やっぱこう、歌だ。歌おう。
 ハママツは楽器を取り出して風景を見ながら歌を歌った。
 歌い始めで輝くように喜んだオカザキの顔が、どんどん暗くなる。目が濁る。
「ちょっと、なんて顔してんのよ」
「いや、なんというか凄い怨念の歌だったんで、あてられちゃって」
「何いってんだか」
 そこまで恨みがましい歌ではなかったはずだ。たぶん。

 それから、 夕餉 ゆうげ の準備になった。またも下に降りて野菜を洗ったり、焼いたりした。野菜とは草という先入観があったのだが、この日ハママツが食べたのはうまい草だった。根もあった。これなら 穴堀獣 あなほりじゅう が草を食べるのも分かるというものだ。
「うまいじゃない」
 そう言ったら、オカザキはおかしそうに、そうですねと言って笑った。

 そして、夜である。二人で少し離れて、敷物の上に寝ころぶ。床がでこぼこして野宿とあまりかわらない。
 おかげで眠れない。あいつは一度も話しかけてこなかった。あんな弱虫見たことない。いや、実際見たことないけど。顔とかどうやってか見れないかな。別に触れなくてもいいから。あ、そうだ。顔見たら笑ってやろう。思いっきり思いっきり、笑ってやろう。よしきめた。
 寝返り。つまり、寝れない。見れば横で寝ているはずのオカザキもそのようだった。
「あの」
「あのさ」
 互いに先に話せという無言の応酬の後、オカザキが先に話をした。
「あの、本当にお父さんと結婚するんですか?」
「お父さん!?」
 思わずハママツは跳ね起きた。
「ええ。まあ、その、子種という意味では間違いなくお父さんです」
「え、じゃああんたお姫さまじゃない。なんでこんなところに住んでるのよ」
「それがまあ、話せば長い事ながら、つまり私には200人くらい姉妹がいて」
「200」
「それでまあ、後の方だとなんというか、生活費も行き届かなくて……あと希少価値がまったくないというか」
 とんでもねえヤツがいやがったぜとハママツは顎に落ちる汗を拭いた。200、200は凄すぎる。いや、目の前の娘さんの母になるのだろうか、私。いやいや。
”フジマエ。聞いてる? 感想は?”
”絶対反対だと言ってるだろう!”
 怒ったような、すねた声。あ、やっぱりいたんだと思ったが、ハママツはそれについては何も言わないことにした。