第四十五話
「卒倒」

  藤前 ふじまえ 壊れる。
 具体的には泡を吹いて結婚、結婚なんか許さないぞと騒いだ挙げ句倒れた。何かハママツさんとやりとりがあったのだろう。

 ともあれ、職場に衝撃が走った。まあ、職場で職務時間中に誰かが突っ伏したら、そりゃそうだろう。
 いや、最初から壊れていたよな、と香取などは思うのだが、職場というか管制室は藤前を壊れないおもちゃと思っていたらしい。
 香取はため息。まあ、ここ最近ハイストレス……いや、あいつの場合は自業自得か。上司としてかばってやれないのが残念だ。
 ちょっと腰を浮かして尻を掻く。まあこれくらい残念。
 藤前とハママツの間でどんな会話が行われたか気にはなったが、武士の情けで確認するのはやめた。実際香取にしてみれば、そんなもの聞かなくても分かる。
 15の元気な女の子に、いつも耳元で頑張れとか応援しているとか言うヤツが、本気で心配してた日には、そりゃ咲いちゃいけない花も咲くだろう。ハママツは必死に隠しているのかも知れないが、大好きオーラはにじみ出ていた。んで、あんなオーラに免疫ないヤツが当てられたらどうなるか。これまた火を見るより明らかだ。

 哀れ藤前は自分の席で、この世の終わりのような顔をしている。あ、こっち見た。いや、俺見ても意味ないぞと思うが、分かる訳ないよな。案の定こちらへ歩いてきた。
「納得できません!」
「結婚は自由だろ。結婚は」
  NEFCO ネフコ は結婚や恋愛に指図できるような立場じゃありません。そう目で語ったのだが、藤前は分かっていない。あげく声を荒らげた。
「ダメに決まってるでしょうが! イメージガールの件どうするんですか」
「安心しろ。こんなこともあろうかと二代目ハママツさんの用意はある。ポスターを描いてもらうイラストレーターさんも奮発して凄い人に依頼したぞ。聞いて驚けいとう……」
「そんな話をしているんじゃありません!」
 え、イメージガールの話をしたのはお前だろと思ったが、直後にフジマエは 名鳥 なとり 艦橋 かんばし に連れて行かれた。名鳥曰く、頭冷やしてきます、とのこと。

「頭冷やすのは、藤前だと思うんだがな」
 まあ、心優しい名鳥らしい言葉選びだ。しばらく待っていると、艦橋が一人管制室に戻ってきた。
「藤前さんは限界です」
「いや、ずっと前から限界だったぞ。サラリーマンは壊れてからが限界じゃない。壊れるずっと前に限界がくるんだ。あれは、もう壊れている。それも完全完璧徹底的にな」
 親切にいってやったが、艦橋には通じない。
「どうにかなりませんか」
「壊れてからじゃ遅いんだよ……」
 香取としては当たり前だろ、バカと言いたいが。どうも日本という国では壊れてからが限界という考えのヤツが多すぎる。出身母体は違うが高速道路と同じだろと、香取は言いたい。壊れたら交換じゃ遅すぎる。修理も補修も壊れる前にやるべきだ。
「まあでも、壊れた物はしかたありませんし」
 艦橋の言葉に、はじめて香取は藤前に対して気の毒に感じた。
「んで、ヤツは今どこだ」
「トイレで水攻めにあってます」
「殺すなよ。後が厄介だ」
「香取さんが言うと、ものすごく悪い感じがしますね」
 いや、お前ほどじゃないと香取は思った。さてどうするか。いや、悩むほどでもない。壊れてしまったもんはしょうがない。
「配置転換、でしょうか」
 艦橋が言う。香取はその顔を見て、重そうに頭を振った。
「もう遅い。交換なんか出来る訳ないだろう。今交換したら、藤前は一生恋愛なんかできなくなるぞ。異世界の女に魂奪われて、ことあるごとに思い出し、それで残りの一生を過ごすんだ。まあ、そっちのほうがもてるとは思うが」
 香取は腕を組んだ。
血反吐 ちへど 吐こうともうやだと言おうと、そのまま続投だ。あいつに必要なのは、失恋だ。どかーんと完璧なまでに無様に失恋して、そっから人生やり直せ。それがハママツさんのためでもある」
 まあ、恨まれるぐらいはやってやろうと香取は思う。これも上司の務めだ。いつか気づいてくれる程度には会社に残って成長して欲しい。