第四十四話
「結婚」

「結婚……」
 ハママツが言うと、領主は頷いた後、ゆっくりと話し始めた。
「ハママツを救って欲しいと NEFCO ネフコ に依頼されて、受けた時に決めた事だ。崖の町を新領土とするにしても、何か理由がいる。婚姻で領土が増えたというのはとても良い。双方の領民が納得しやすい」
 何も言えないでいると、領主は苦笑した。苦笑の意味するところは、これがいい話ではないと自覚的なためであろう。ハママツはそれで、少し冷静になった。愛のない求婚という話であれば、あとは条件の問題だ。男は極端に少なく、この世は一人で生きるのはとてもつらい。愛を論じるには 希望 エルス には希望がなさ過ぎた。
 領主は苦笑しながらも、真面目に言う。
「とまあ、それは政治的な話だ。軍事的に楽士殿の能力に強い可能性はあるが、まあ、そちらについては使わない方向でまとめたい。ただ、私の手元にはいて欲しい」
 悪用はさせない、敵に使わせもしないってわけねと、ハママツはそう思った。代わりに一生の面倒も見る。妻の立場も用意する。すぐに俺のために能力を使えとか言わないあたりが頭がいい上に羽振りも良くて、気前もいい。
”いい取引ね”
”反対だ。だいたいたれ目じゃないか、こいつ”
 フジマエが苛立ちを隠さないでそう言った。皆見てるんじゃないのと目を細めて思うが、まあ、フジマエならそう言うだろう。それは分かっていた。前にも同じような事で揉めたし、反対されたし、その割に求婚もしなかったのだから、よく覚えていた。
 思えばあの時から喧嘩ばかりをしている。フジマエの態度は故郷じゃ最大級の無責任と言われても仕方ないものだった。

”フジマエはたれ目じゃないの?”
”いや。そう言われたことはないな”
”じゃあ、やっぱりいい話じゃない”
”どういう意味だ。いいか、こっちは本気で心配して言ってるんだ”
”はいはい。それについてはもう聞き飽きました”
 ハママツは領主の顔を見上げた。領主は煌びやかな冠をずらして頭をかいている。
「まあ、その。色々不満はあると思うんだが。そこをどうにかしてくれんかな」
「私の村には私より美人が沢山おります」
「だがここまで歩いてくる勇気があったのは、そなただけだろう」
 領主は微笑んだ。
「どうせなら、勇気のある女が良いと、常々思っていたのだ。いや、だが無理強いはせぬ。善意ばかりではなく、NEFCOからもたらされる異世界の技術にも魅力を感じているがゆえに、な。服ができるまでは服屋に居候するがよかろう。な、服屋」
 オカザキは微笑んで頭を下げた。
「仰せのままに。でもいいんですか。私なんかが面倒みるので?」
「もちろんだ。服の代金は後で運ばせる」
「毎度ありがとうございます」
 領主は微笑むと手をひらひらさせて去って行った。オカザキは立ち上がった。

「だ、そうです。私の家に行きましょう」
「え、いいの?」
「領主さまの命令ですし」
 すましてそんな事を言う。その割になんというか、気負いがない。ハママツが観察すると、オカザキは笑って言った。
「まあ、領主の館よりは狭いし汚いし、色んな壺があるんですけどね」
「いや、それはいいんだけど」
「一応あの人なりの親切なんだと思います。館で寝起きしたら、結婚する気がなくてもそういうことだと思われるでしょ?」
「なる。ほど」
 なんというか、領主とオカザキには微妙な親しさがあったような気がしたが、それを尋ねるのは少し気後れがした。
 まあいいかと、ハママツは帽子を被りなおす。頭の中ではフジマエがまだ荒ぶっている。
”とにかく絶対反対だ”
 まったくもう。ガキじゃないんだから。
”そうは言うけど、あの人、割と善人の部類よ”
 歩きながら、ハママツは頭の中でそう返した。
”悪い人材ではない。それは知っている。調べに調べた。助けを得るなら彼しかいない”
”何でもはっきり言わないあんたが彼しかいないなんていうなら、そうなんでしょう。んじゃ、何が不満なわけ? 言ってもらうわよ。たっぷり、しっかり。最後まで”
”それは……”
”今度は敵とか来ないと思うけど”
”僕が敵を呼べるなんて思うなよ”
”その辺は疑ってないって言ってるでしょ。だーかーらー。なんで私をそんなに結婚させたくないのよ。はい。5文字で言って”
”心配している”
”6文字じゃない!”
”そんなこと言われても”
”心配だけで解決する問題じゃないのよ。結婚ってのは。しかも今回は政略結婚よ?”
”君が政略結婚することはない”
”じゃ、誰ならいいのよ”
”長老とか”
”あの人96歳なんだけど”
”35歳が15歳と結婚するよりはいいと思うぞ”
”ちなみにフジマエはいくつなの?”
”32”
”32と15が結婚するのはどうなのよ”
”……なんか話が変な方向に行ってないか”
”行ってない”
 遠くでグワーとかザワッとか聞こえた気がしたが、ハママツは無視した。
”結論は”
”あー。これから減俸覚悟で不規則発言する。こっちの世界では犯罪ではあるが、 希望 エルス ではありかもしれない”
”他に言うことは?”
”いや、お前、だから”
 ハママツはにっこり笑うとオカザキの手を取った。
「私、結婚考えてみる」