第四十三話
「領主」

 オカザキさんという少女は、あまり押し出しが強くなかった。むしろ、引っ込み思案に見えた。
 こういう人物は、他でも見たことがある。故郷では10歳に届かず死んでしまう娘に多い。食料を他人任せにしたり、譲ったりして、ある朝死ぬ子だ。

「仲良くしましょ」
「は、はい」
 圧の強い笑顔で言ったら、案の定そういう返事が返ってきた。
”強く言われたら求愛でもなんでも受けそうよね”
”仲良くしろとは言ったが利用しろとは言ってないぞ”
”利用する気なんかないわよ。というか、この娘、そんなことしたら、多分死ぬから”
 手を握って歩いていると、オカザキは慌てだした。
「あ、あの?」
「なに?」
「ど、どこへ向かおうというのでしょうか……?」
 恥ずかしいのか、顔を隠してオカザキは言う。
「どこもなにも。えっと、この先にある街。だけど」
「その服で、ですか」
「他にどんな格好でいけっていうのよ」
「え、あ、えっと」
「あによ」
「その格好だと、その、多分、殺される、かも」
「は?」
 なにそれという顔を向けると、オカザキは詫びるように頭を何度も下げた。
「わ、私の考えではないんですけど、革の服は斬新過ぎて、その、受け入れ、は、む、難しいかも……」
「言葉の後半はよく分かんないけど。革製品がだめなのね」
「ええ、まあ。はい」
 はっきりしない娘だなあとハママツは目を細めて思ったあと、頭の中に問うた。
”それ、本当?”
”確信はないが、 曳獣 えいじゅう を殺したり食したりするのが極度に嫌われているのは確かだ”
”脱ぐか……”
”おいやめろ!”
 ハママツの顔がのけぞるほどの大声だった。
 自分でも実行できないであろうアイデアを思っただけなのだが、びっくりするくらいの反応で、ハママツはこれで、火が付いた。フジマエをからかいたい熱が、上がった。
”どうかなー。死ぬよりマシでしょ”
”いや、俺が、俺が見てるから”
”いいわよ。別に、見るくらいなら”
”ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ絶対ダメだ”
 予想以上の嫌がられ方に、少し腹が立つ。
”怖いの?”
 肩当を少しずらした。
”他の職員が見てる”
”それ最初に言いなさいよ! バカ!”
 慌てて肩当を戻した。
”ば、バカはお前だ! バカ!”
”うっさいバカ! 頭の中で騒がないで!”

 久々の大喧嘩をしていたら、オカザキが慌ててひれ伏すのが見えた。なにやってんのこの子と思いきや、元気に大股で歩く男が近づいてきている。服装は立派で手が込んでおり、口ひげはないものの貧相ではない感じ。歳は30半ばほど、草を食べるようには見えない、かなりの筋肉質。腰から下げた剣は飾りではないだろうが、戦闘騎と戦うには心許ない気もする。
 声質はかなりいいと見た。しかし、楽器を操る風には見えない。
「おお、服屋、相変わらず染色材料探しか」
 親し気にたれ目をさらに下げて言う。スケベというより、最初からたれ目だ。
「はい、領主さま」
 オカザキは笑顔で返した。顔を上げて返事しているところからして、さほど格式ばってないように見えた。
「期待しているぞ。お前の作る服の色は、女たちも喜んでいる」
「ありがとうございますっ」
 オカザキの反応からして、この領主と呼ばれる男、かなりの善政をしいているらしい。あまり良くない領主なら、隠れるか、私を隠そうとするだろうから。
「んで、そこの方は」
 好機、金蔓だと、ハママツは流れるように楽器を取り出しながら笑顔を向けた。
 軽く弾き鳴らして跪く。
「旅の楽士、ハママツと申します。遠き所より参りました」
 きちんと挨拶したつもりだったが、大笑いで返された。領主は涙まで拭いている。
「いや、すまん。ぐーたら娘と聞いておったでな」
 思わず立ち上がった。
”フジマエ、あんた何してくれんのよ! 営業妨害だからね!”
”ちがーう! 俺がそんなこと言う訳ないだろう!”
”あんた以外誰がいんのよ!”
”知るか、それにだいだい当たってる!”
”うっさい黙れ。吟遊詩人の営業を邪魔したら行先のあらゆるところで悪口が歌になって広がっていくことを覚悟しなさい”
”だから違うと”
「一人で取っ組み合いしているように見えるな」
「はい。領主さま」
 横から声が聞こえてきてハママツは肩を落とした。
「実は NEFCO ネフコ という悪霊が……」
「ああ、うんそれは知っているのだが。あと、悪霊ではない。彼らは別の世界の人間だ」
 当然知っていたか。ハママツは大変恥ずかしい気で領主を見直した。大妖精特有の結晶化した部分をもっていない、ただの人間に見える。ただの人間の領主というのは、戦争前なら考えられなかった事だ。
 領主はハママツの観察をよそに、自分の顎を手で叩いている。虫がいるというより、癖のよう。
「妖精でもないのにやりとりする絶技を使えるというのは、凄いな。その力、うまく使えば地の果てまで征服できるんじゃないか」
「えー。そうですか? 声だけですよ。すぐ怒るし」
”怒ってない”
”黙ってて。下手に目つけられたら嫌なだけだから”
「あと、この世界の中の者同士ではこの力は使えないのです」
 領主は少しだけ微笑んだ。憐れむような、そんな顔。
「経由してやれば連絡できるし、情報も得られる。定点では軍事的には使えぬが、そなたのように動けるなら可能性は一気に広がる。まあ、そんなことはいい。服屋」
「はい」
 オカザキが笑顔を向けた。
「彼女の服を作ってやってくれ、全部まるっとフェルトあたりで」
「承知いたしました」
「靴も、こちら風にサンダルにした方がいい」
「はい」
 ん、ん? と左右を見る。まさか私が金を払うんじゃないでしょうね。持ってないけどと思ったら、領主は朗らかに口を開いた。
「さて、では楽士どの、名を聞く前に、現地の話を聞かせてもらうか」
「現地?」
「あなたの故郷、ハママツだ。領土に組み込むにしてもできれば平和的にやりたいし、痛みは少ない方がいい。双方な。そこはそれ、我々の結婚と同じようなものだ」
 聞いてない! と自分が思う前にフジマエが叫んでいた。