第四話
「調査部」

 正直、事故だけは避けたい。安全こそ第一である。
 元々在籍した会社が会社なだけに、 和歌 わか は身に付いた習性でそう思ってしまっている。またそこを譲れるものでもない。事故対応で続発事故を防ぐために道路上に出た社員から殉職もありうる職場である。

 木林が残した資料を読みながら、顔をしかめる。貴重な学術資源というのも分からなくはないが、運転の迷惑なのは揺るがない。
 しかし、東名高速道路でもあの幽霊出ていたのか。しかし1969年にはすっかり姿を隠してしまっている。
 土で埋めたら幽霊がでなくなった。時代が時代故にきちんと検証されていないが、土地の高さと幽霊の出現には一定の相関関係があるようである。
 資料をボールペンで叩きながら考える。今回の事態への対応の基礎はこれだろう。
 学術研究のために一定期間開放するなりなんなりで調査する時間を与え、しかるのちに幽霊が出ないように対応する。この線でまとまるように各所と協議、連携する。頭を何度も下げることになるだろう。だがまあ、この国における仕事というものは、頭を下げて解決するなら、それにこしたことはない。
 開通に向けた工事が進んでいる第二東名を考えれば、猶予の時間はあまりない。
 頭の中で行政と学術、本社、どことどう話をつけてまとめあげるか、壮大なパズルを頭の中で組み上げながら、まずは最初のまとめに入る。つまり、社内の意見調整だ。

 サラリーマンの俺流仕事術、その一。自分のやることが決まればなんとなくやる気が出る。仕事が出来る人間は、つきつめれば自分のやることを素早く見つけて仕事を始められるやつだ。着手が早ければ伸びるのも早い。伸びる速度は同じでも、スタートが早ければその分差がつく。
 同じくらい仕事しているなら先輩が偉い、の裏返しである。和歌は若手の出世頭と目されていたが、意外に年功序列について肯定的評価を持っていた。

「岩井さんと話がしたい」
  艦橋 かんばし にそう言って、肩で風切って通路を歩いた。
 そして戻ってきた。先方がOK出さないと歩いて行っても仕方ない。ちょっと調子に乗りすぎた。
 艦橋は不思議そう。書類を持って顔を傾けている。
「何か?」
「いや、え?」
 そこで怪訝な顔をされても困る。びっくりして艦橋の顔を見直した。
「アポ、取って欲しいんだけど」
「自分で取れば良いのでは」
 企業文化が全然違った。やっぱり、艦橋は出身母体が違うらしい。どこの出だろう。
 じゃあ、君なんでここにいるの、と思いながら自分で内線を掛けた。

 テンテケテンテンテンテンテン……
 ひでえ音楽、いや呼び出し音だなと思いながら受話器を持つ。繋がる。
「企画部の荒木です。調査部の岩井さんですか」
「ああ、荒木さん。固定電話は初めてですよ。これはこれでいいですね」
 何言ってるんだこの人。その二。
「あー」
 しまった。なんと言うか、瞬間詰まった。
「今からちょっとお話する時間いいですか」
「あ、はい。どうぞ、すぐいきますよ」
「いやいや。僕の方から行きます。少しお待ちください」
 腰が軽い人だなというより、え、自分の席で仕事してないのかなと不安になるような軽さだった。
 この感じ、艦橋に似ている。
「ところで、艦橋さん、岩井さんとは知り合い?」
「あ、はい。元々同じ会社で、僕の上司でした」
 やっぱりそうだったか。聞けばドワンゴというところらしい。
 こりゃ社内の意見統一をはかるのも大変そうだなと天井を見た。企業文化が違いすぎる。この違いを乗り越えるためにまずは飲み会を増やそう。問題は会費制だと若者の出席率が低いことだ。
 やることがすごい増えた気がして、それで肩を落として通路を歩いた。
 ふざけた字で調査部と書かれたドアを開ける。
 部屋に踏み入れた瞬間に、足下が青く青く燐光を放ったが、和歌はそれに気づかなかった。
「高そうな絨毯で」
「それは熊本の小さな居酒屋から無理して貰ってきた絨毯なんですよ。踏めば踏むほどに青い文字が輝くようになっていてね」
「はぁ」
 足下を毛がふかふかで目が丸い尻尾をぴんとたてた猫が歩いている。思わず目を奪われた後、岩井を見る。
 岩井は、にこっと笑った。半白の油分少なめな髪を振っている。椅子に座らず机に尻を預けて立っていた。
 文化違うと和歌は思った。オフィスに猫がいる!
 しかしまあ、どういうことだろう。よくは分からないのにこの人物、異文化だが尊敬出来そう。ただ日本のサラリーマンって感じじゃない。
 自分も軽いと思っていたが、それよりずっと軽い。いつまでも地に落ちぬ鳳の羽のよう。ビジネスマンというのともだいぶ違う。強いていえば冒険者、いや、成功して引退した元冒険者。今は正義最後の砦の主。
 自分の豊かな想像力に苦笑して、和歌は頭を振った。仕事で夢見がちなのは事故が増える原因だ。

「初めまして。荒木です」
「あ、はい。知ってます」
 やっぱり、文化違う。
 岩井は微笑んで口を開いた。
「今となっては同じ会社ですし、時間の無駄なんで自己紹介はやめましょう。必要なら相手が誰かは自分で調べるでしょ」
 文化が違いすぎて毒気が抜けた。これから先が大変だと思うのすら忘れて、ただ頷いてしまった。
 岩井は微笑んでいる。
「で、何の用件ですか」
「あー。実は挨拶が半分で」
「残り半分は?」
「幽霊対策の件です」
「幽霊じゃないですよ。エルスの人たちだ。あと対策じゃない。対応です」
 全部ダメだしされた。
「エルス、ですか」
「予告ではね」
「予告ですか」
「ええ。長いこと待ってたんですよ。再接続が始まるのを」
「何一つ分かりません。一つずつ教えていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
 岩井は手を出した。握手だった。今頃、いや、今から。
「ようこそは、もう言ってあるでしょうから省略します。ここから先はおかえりなさいと言います」
「帰ってきた覚えはありませんが」
 岩井は何が面白いのか、少しだけ悲しそうに笑った。