第三十九話
「逆襲」

 自分で関与する戦いは人生で初めてだったのだが、戦闘とは、考える暇もないくらい忙しいものだなというのがハママツの感想だった。
 まず音を聴かないといけない。聴きわけるのも大変だし、それを伝えるのも大変だった。そして合間に弾込めをしないといけない。ナガシノが銃を撃つ速度に対してハママツのそれは遅すぎて、途中からシタラも手伝って一匹と一人で弾込めをする事になった。ナガシノはナガシノで刀を抜いて筆記用具の筆を使って塗っている。何をやっているのかと思ったが、思っただけで終わってしまった。
 忙しすぎて、戦闘がどんな風に推移したか、ちっとも分かっていない。
 気付けば弾込めしながらシタラに首根っこというかマントを咥えられて運ばれていた。なんで? と思った時には今いた所であるはずの砦の部屋が爆発してしまっている。
 大変だなとは思ったが、それ以上の感想はなかった、だって弾込めして音を聞き分けて口にしないといけないんだもの。
「助かった」
 ナガシノが口の端を動かして笑いながらそう言う。こうして見ると種族が違うのに、確かに姉妹に見える。戦闘に対して心から喜んでいる顔。妹が姉の真似をするせいなのだろうけど。
 崩れかけていた砦が本格的に崩れる。音が何も聞こえなくなり、土煙を吸い込んだか激しく咳き込んだ。それで手が止まってしまって思考が復活した。
 そう言えば、大きいのが来ると伝えたのは自分だった。いや、でも、弾込めが忙しい。目の前に並んでいた銃はもうないけれど。
 闇の中で瞬いた。いや、それどころじゃない、フジマエが小さい子供みたいに大丈夫かと連呼している。大丈夫だっての。
 しかしまあこれまでなんであんな怖いこと、それこそ暴力とか、戦闘とかできるのだろうとハママツは不思議でしょうがなかったのだが、今回の件で、なんでそれができるのか少し分かってしまった。
 戦闘とは忙しいのだ。忙しくて大変なので、想像力を失うのだ。自分がどんな目にあうか、相手にどんな酷いことをするか、そこまで考えが回らなくなる。合奏のようなものだと思った。自分のパートに忙しく全体がどうなっているのかなんて、分からない。

 今回はそれで良かったのかもしれない。土煙を吸わぬように息を止めながら、そんなことを考えた。考えていたら怖くてどうにかなっていたろう。
”ハママツ、ハママツ……ハママツ!”
「ああもう、うるさいー」
”生きてるなら答えろ!!”
 フジマエが泣いている。忙しくて押し殺していた感情とか色々なものが、不意に湧き上がるのを感じた。戦闘では多分、あまりいらないもの。
「そんな事言っても、忙しいのよ。戦いって。あんたはそんな事分からないと思うけど」
”心配しているんだ”
「はいはい。それはまあ、認めてあげなくもないけれど」
 だらしない奴ねえとハママツは思う。思った後、ちょっと笑った。フジマエの弱点を見つけたのは、嬉しい。こういう状況でも嬉しい。
「だったら訳わかんないことを言わないことね。あと、指示してくれない?」
”俺がいつ訳わかんないことなんて……現状は?”
「暗闇の中を運ばれて走っている。砦爆破されちゃった」
”ファンタジーめ、爆薬も使わないでそんなことやりやがって”
「それはいいから」
 フジマエと話しているとすぐいつもの調子になるなあと、ハママツは思った。シタラはナガシノを背に、ハママツを口にくわえて森の中を疾走している。
”指示を伝える。現状は極めて喜ばしい。敵の爆破は明らかな失策だ。最初から使っていなかったことからして近づかねば使えない、準備に時間が掛かるなどの問題を持ち、さらに閃光や煙で混乱しているはずだ。対して我々は光に背を向けて夜目はそのままだ。これより逆襲に転じる”
 そのまま伝えると、ナガシノとシタラは口の端を笑わせた。我が意を得たりという表情。
「優秀な指揮官だ。平和な日本に置いておくのは惜しい」
 ナガシノはそう言って、シタラから降りた。シタラは口を開いてハママツを下ろした。
「お別れだ。ハママツ。あえて良かった」
 ナガシノは晴れ晴れと言って刀を抜いた。刀身が墨で黒くなっている。
「私とおねえちゃんは逆襲に転じる。ハママツは一人で西の街……オカザキへ行ってほしい」
「ちょ、何よいきなり。私が居なければ指示どうするのよ!」
「指示はもう貰った。逆襲に転じろ。そのことが分かれば十分だ。確かにそれしか勝機はない。それに、斬りあっている時に指示を聞くのは不可能だ」
「大丈夫。うまくいったら追いつくから」
 シタラは笑いながら優しく言った。戦闘の喜びとハママツへの優しさを同時に持つ、戦闘騎。
「でも」
 まだ異論があるハママツを、ナガシノは抱きしめた。力を込めて。
「ハママツは足手まといだ、分かるな」
 言葉は厳しくても、声は甘く、優しい。ハママツは黙った。ナガシノもまた、戦いへの喜びに満ちた顔をしている。誇り高いという他ない笑顔。
「また会おう。どちらに向かえばいいかは、フジマエさんに尋ねてくれ」
「待たないでオカザキに行きなさい。食料も水もないのだから」
 シタラはそう言い添えた。小さな声で歌を歌い。自身の身体を真っ黒に染め上げた。
 ナガシノは微笑んで刀を持たぬ方の手で小さく手を振った。
「元気で」
 そう言って、走りだす。シタラは口の端を笑わせると、後を追った。

 
「残っても良かったのに」
 闇夜を走りながら、シタラは言った。背に乗るナガシノは首を振った。
「友達のために戦えるのは嬉しい」
「そう。じゃあ、沢山首を獲りましょう」
「うん。司令騎を獲れば、相打ちには持ち込める」
 晴れ晴れとナガシノは言い、ハママツの事を考えるのはやめた。