第三十八話
「暗闇」

 周囲が暗くなったのが見えたか、頭の中でフジマエがファンタジーめと罵っている。
 うるさいと言おうかとも思ったが、気持ちは同じなのでハママツは黙った。
「戦闘騎は総勢64。距離を縮めずに寄ってきている」
 ハママツが音から判断した内容を告げると、会話がなくなった。
「逃げれないの?」
 一応聞いたが、返事が返る前からもうダメそうである。
「逃げ道はいくつか作っているが、おそらく敵はそこを最初に潰しに行っている」
 ナガシノの返事に、ハママツは力なく笑った。
「3人を殺すにしては随分念入りだね」
「それだけメイドインジャパンを恐れているということよ。暗くしたのも、長距離からの狙撃を嫌っての話ね」
 シタラはどこか楽しげだった。そういうところを見ていると、人間とは心の有り様が違うと強く感じられる。
 それらを冷静に見た後、ハママツは少し息を吐いた。ずっと呼吸が止まっていた。
”こりゃ死んだかもね”
”縁起でもないこというな!”
”縁起ってなに”
”怖いことを言うな。落ち着け、諦めるな”
”敵は20倍だよ?”
”21.333倍だ”
”増やさないでよ、気分がもっと暗くなるじゃない!”
”正確な数を言っただけだ”
”最後までほんと変わんないね”
 まあでも、前ほど死ぬのは怖くない。そりゃそうか。ここで死ぬのを怖がっていたら、自分は嫌な奴だ。

”私がなんだかんだ言って、ぐずぐずここにいたせいだね。ごめん。私が死ぬとことか、見てなくていいから。シタラとナガシノの二人に謝ってくる”
”勝手に諦めるな。耳、いいんだろ。暗くなったのは幸いかもしれない”
”何それ”
”いいから、そのまま伝えてくれ。状況はともかく、こういう事態も予想はしていたし、そのための人員だって雇ってる。高い金払って 新田 あらた という戦闘オペレーターを雇っててな。今替わるから、待ってろ”
「替わらないで!」
 思わず口から出てしまった。ハママツは恥ずかしくなって自分の顔を隠した。
”え、でも”
”私が死ぬの見たくないならそう言って。そうじゃなかったら、そのままで”
”いや、でも”
 フジマエが誰かと話している。すぐに話がついたようだ。
”分かった。僕が指示を伝える。まず、暗くなったことはいいことだと伝えてくれ”
「フジマエが、 NEFCO ネフコ が暗くなって良かったねって」
 ナガシノは怪訝な顔をしたが、シタラは大きな口の端を動かして頬笑んだ。
「なるほど。音を使うのね。隅に座ってないで、こちらに」
 隅っこに追いやられていた状況からは回復した。それが何になるかは分からないけれど。
”次はどうするの?”
”音で聴き分けながら銃を撃つ。戦闘騎は大きい。それに、砦のおかげで敵の攻撃方向は限られるから、よく当たるはずだ”
 口でおうむ返しに言いながら、ハママツは自分でも考えた。
”でも、数に任せて襲ってきたら? 敵が60もいるなら、あのメイドインジャパンも数が足りないでしょ”
”メイドインジャパンって銃のことか。確かに単発だからな。あー。狭いところに突入するなら1対1だ。シタラが戦ってくれる。それと、銃の弾込めはハママツさんにもできるだろう”
 だって、とこれまたおうむ返しにハママツは言った。ナガシノは神妙に頷いて、ハママツの手に油紙なるものに包んだ包みを渡した。
”こっち側の赤い色、これの口を切って 玉薬 たまぐすり と玉をあの筒の中に入れる。そのあとでこの棒、 槊杖 さくじょう でつく。軽く4回。それが終わったらこの 瓢箪 ひょうたん から皿の上に火薬を置く”
「わ、かった」
”間違えるなよ。命に関わるから”
”分かってるわよ! バカにしないで!”
”心配してるんだ”
 ハママツは口笛を吹いた。耳元で心配だとか力を込めて言われると、相手がフジマエでも変な気分になる。いや、昔から心配だけはしてくれていたのだが。
 なんか、腹立たしい。
”いいから、分かった”
 手が震える。
”銃を撃つ時は少し離れて耳を塞いでくれ。君の耳が頼りだ。銃の発射音で耳がやられると、そもそも戦う前提が崩れる”
”フジマエ。私、高速道路くらい強いかな”
”……強くなんかなくたっていいだろう”
”そこは元気づけるためになんか景気のいいこと言うべきでしょ!?”
”分かるかそんなクイズ問題!”
”男不足だからってよくわかんないこと言っていると、もてないわよ”
 しばらく沈黙があった。
”いや、男不足はそっちだけで、あと大きなお世話だ。音を拾っている。そっちに流すぞ”
 どうもフジマエは奥さんをあまり持ってないらしい。大昔だか、あるいは巨人みたいに一人しか相手がいないのかもしれない。重要な情報だと、ハママツは思った。何が重要だかは分からないけれど。
 それともう一つ分かった。外が暗いと敵が見えないので、あまり怖くはない。
「来たよ。3騎。歌をそれぞれ歌っている。距離200歩」