第三十七話
「音」

 ハママツの耳に聞こえた音は、多分土鈴。ほぼ同時に違う場所だった。四箇所だった。距離は多分、500歩ほど。
「今の音、なに?」
「警戒用に置いている鳴り物だ。紐に吊り下げている」
 それもメイドインジャパンというものだろうか。ハママツはナガシノの横顔の厳しさを見て、状況が良くないことを知った。
 ハママツの手を掴み、同時にシタラの たてがみ を掴んでナガシノは騎乗した。シタラは凄い速度で崩れかけた砦に駆け戻った。
「何、なに?」
「敵だ。二箇所か三箇所複数同時に鳴っていたから、集団。たぶん戦闘騎」
 ナガシノは冷たい顔でそんなことをいう。肌身離さず持ち歩く武器を包む布を広げて、手際良く変な匂いのする粉を筒に入れ始めた。玉を入れて棒で押し固めている。
 あれは火を噴くメイドインジャパンだ。
 目を走らせる。何か自分でも、できることはないか。あ、そうだ。
「音は三つじゃなく、四つだったよ。四箇所」
「耳、いいんだな」
 ナガシノはこちらを見向きもせずにそう言った。
「吟遊詩人だから」
 頭の中で聞こえる吐息はフジマエが露骨に緊張していることを示している。
”自分は安全なのに、緊張してるの? バカねえ”
”お前な……いや、確かにそうだが、いや……”
”なに?”
”心配している”
 ナニコイツ。最近変じゃないの?
 なんか恥ずかしい。しかも、こんな緊急時に!
”悪口ばっかり言ってたくせに”
”……悪口のつもりじゃない”
 じゃあなんなのさと文句を言いたかったが、そんな状況ではない。それに、運が悪ければこれが最後のやりとりになるかもしれないわけで、そういう時にフジマエと喧嘩はしたくなかった。
”あ、そ。ものには言い方ってものがあるのよ”
 でも結局文句言っている。ダメだね、私。でもフジマエが悪い。
”それについては反省している”
”調子狂うなあ……”
”なにが”
”なんか役に立つこと言ってと言ってるの”
”今ロードパンサーのセンサーを展開している。少し待て”
 また分からないこと言っている。無視してナガシノを見る。まだ、筒に玉を入れている。様子からして、打って出るようなことはしないようである。
 シタラもナガシノも、砦に籠もって戦うつもりらしい。それもそうか。同時に音が四つ鳴ったことからして、こちらより多いのは違いない。
 深呼吸。わけの分からないことを言うフジマエに腹を立てるのはあとにして、今は別のことをしなければ。
 生き残るため、というより、友達の役に立ちたい。

「何か、私に出来ることある?」
 シタラとナガシノが同時に笑った。
「じゃあ、そこの隅に座ってて」
「あ、うん。それで、何するの?」
「座ってて」
 つまりは役立つところはないらしい。まあ、それはそうかとうなだれた。村に行く時、石の投げ方の一つでも習うべきだったか。いや、それで戦闘騎に立ち向かえるなら誰も崖に住むようなことはしていない。
 無能な自分に嫌気がさす。ダメだなあと体育座りして膝の上に頭を乗せていたら、フジマエが喋り出した。
”センサーを展開した”
”それ武器?”
”ある意味。 長篠設楽原 ながしのしたらがはら PAとその周辺の700箇所以上の情報を収得している。そっちで何が起きているか手に取るようにわかるようになるはずだ”
”それの何が役立つのよ”
”脅威が何か分かる。高速道路は振動、光学、音響、あらゆるセンサーの塊でもある。それを利用する”
”分かるように言って”
”敵の姿は見えないが、複数の音源を探知している。多分、戦闘騎だ”
 音。
 戦うのはからきしだけど、音でなら役立つかもしれない。ハママツは顔をあげた。
”それ、私にも聞こえるようにできる?”
”3秒まて”
 音が聞こえてきた。
”そうね。戦闘騎。重いやつが9、軽いのが2、あと後ろにいくつか”
”潜水艦のソナーマンみたいな耳だな”
”だから、わけの分からないこと言わないで!”
”すまない”

 ハママツは半分立ち上がった。
「敵は戦闘騎。重いやつが9、軽いのが2……」
”後方50m、じゃない後方50歩のセンサーに切り替えた”
「後ろにさらに4。まだいる」
「戦闘騎は4騎でひとかたまりだから、4個小隊16騎ね」
 シタラがそう返した。目を細め、外を見る。
「強襲してこないのが気になる。それと、前と同じ数というのがさらに気になる。普通に考えれば、前回より多い戦力を出してくるはず」
 ハママツは無視した。シタラはフジマエ並にわけが分からないことを言っているが、それについて自分が役立つことはなさそうである。音だ。音に集中しようとそう思った。
 ある意味武器。フジマエが言った言葉を今は信じるしかない。すぐわけの分からないあの言い方、ムカつくけど。すごい距離を取られているように感じるけど。お前と僕の住む世界は違うと毎回言い聞かされているようで腹が立つけど。

「2000歩先、戦闘騎48。なんか歌ってる」
 ナガシノが顔色を変えた。シタラが面白そうに目を細めて大きな口を開いた。
「炎の歌? それとも水の歌?」
 ハママツは目をつぶって歌に集中する。
「どっちでもない。夜の歌」
 外が昼なのに暗くなったのは、それからすぐのことだった。