第三十六話
「選択」

 ナガシノが復活するまで、しばしかかった。それまで、魚をぼそぼそ食べたりシタラに抱き着いたり、お昼寝したりでなかなかの手の掛かりようである。
「人に慣れてないから昼寝ってどうなの」
 ハママツは、小さい声で寝具代わりになっているシタラに尋ねてみた。シタラは尻尾をゆっくり振りつつ、大きな口で返事した。
「寝て考えをまとめるのよ」
 そういうものなのか。経験も覚えもないハママツとしては、頷くしかない。
 いずれにせよ、作戦会議は少し待つことになった。ナガシノが起きるまで、ハママツはフジマエとお喋りをして過ごした。
 ナガシノが起きたのは夕方近くになってからである。夕食はあく抜きした山菜を塩で煮たものと、また魚の丸焼きだった。毎度同じのものなんてとフジマエはいうが、ハママツとしては、食べれるだけずっとマシ、だった。それに、慣れると魚はおいしい。

「西にある街に行く、か」
 復活したナガシノはシタラの尻尾を身体に巻き付けて言った。そうやってみると、ナガシノが大きな毛玉みたいに見えなくもない。確かに姉妹だ。
 つけられた焚火に目をやって、ハママツは言葉を待った。自身が言うことは、あまりない。いや、あった。

「西の街には戦闘騎いなかったの?」
”いた。しかし、巨人や半巨人もいて、これらが人間と一緒に戦闘騎と戦って勝ったと聞いている”
 フジマエがそんなことを言った。
「勝てるんだ……」
 そう呟いたら、シタラに微笑まれた。
「数が少なかったこともあるんでしょうけど、指示をする司令騎や巨人殺しがいなかったんだと思うわ。集団での組織戦こそ戦闘騎の本領。それができなければ、大したことはない」
 いや、大したことあると、ハママツは思う。崖に張り付いて何十年と故郷の人々も何もしなかったわけではない。時には飢えに苦しんだ末とはいえ、岩とかを持って大勢で立ち向かったこともあったのである。そして、全滅した。戦闘騎たちは100日に渡って無謀な人間どもを生きながら食い荒らし、悲鳴が絶えることなく聞こえ続けたという。それで、ハママツの故郷は戦うことを放棄してしまっている。

「えっと、私の故郷のあたりはどうなの? そのしれー騎とか巨人殺しはいるの?」
「たぶんいる」
 ナガシノがもこもこの姿のまま言った。
「ダメじゃん! 西の街に行って援軍呼んでも勝てないよ!」
 反射的に立ち上がってハママツは言った。
 シタラが、大きな口の端を歪めた。
「そうね。でもメイドインジャパンがある」
 ナガシノがシタラの尻尾から鉄砲を抜き出して見せた。あの、変な匂いがする長い筒。
「これを西の街で量産すれば、そんなに被害を必要とせずに駆逐できるだろう」
 なるほど。それならば、と思うのだが、今度は別の懸念が湧いてきた。
「でも、どうなの、それ。その武器で今度は西の街の人たちが私の故郷を占領するんじゃないの?」
”崖の人々は食料的にも飲料的にも医療的にも、つまりあらゆる分野で単独では生きられない規模になりつつある。人数に比して物資が不足しすぎている。だから、どこかの行政区分に組み込まれた方がいい。これは長老とも話をして、了承を得ていることだ”
 ハママツは、一瞬激高しかけたが、すぐに座り込んだ。長老は、崖から娘たちを突き落とすくらいならば占領された方がいいと、そういう決断をしたに違いない。悪い人ではないのだ。自分の地位を捨ててそれで人を助けられるなら、それを躊躇なく選ぶこともするだろう。
 それに、まだ崖の村が作られる前から生きていた人だから、どこかに支配されるのも慣れっこなのに違いない。しかし、生まれた時から崖の住民だったハママツには、どこかに支配されるというのは、戦闘騎に食われるのと同じくらいに恐ろしい事のように思えた。

「占領した人が悪い人だったら」
”かなり慎重に人選びをしたつもりだ”
「道路作るって、そういうものなの」
”道路が一つの国を成立させるために必要なものであるのは確かだ。いや、だが”
 声が逡巡している。
”反対、なのか”
「故郷がなくなるんだよ。人が死ななくていいとか、お腹空かなくなるとかは、いいんだけど」
 ナガシノとシタラが顔を見合わせている。
”うーん。人命第一だと思うし、その方向で動いてたんだが”
”その言い方、私の考えで方向性とか変わるの?”
 頭の中の会話に切り替えて、ハママツは尋ねた。フジマエは唸っている。
”変わるというか、まさか合併とか道路敷設が嫌がられるとは思ってなかった。いや、こっちでも確かにそういう話はある。だから理解はできるし、問題があるなら対応も考えないといけないとも思う”
”同じようなことがあるって、そっちじゃどうしてるの?”
”気長に話し合ってる”
”ああ、うん。今日明日死ぬとかでなければ、そうよね”
 ため息をついて、口に出してはこう言った。
「時間があまりないのが問題なのよね……仕方ないか」
 一歩間違えれば自分も突き落とされた口ということもあって、ハママツとしては長老と同じ気分に傾いた。仕方ない。崖にしがみついたのも仕方ないし、そこで生活を始めたのも仕方ない。思えば故郷は、仕方ないばかりで出来ていた。
”仕方ないでいいのか”
「話が断片的にしか聞こえてないが、それでいいのか?」
 フジマエとナガシノが同時に言った。どちらも心配そうだった。それで、決心が揺らいだ。
「え、でも、故郷では人減らし起きそうだし……」
 そもそもナガシノやシタラも、真は二人きりだが、このまま二人だけでやっていくわけにもいかないだろう。それこそ西の街にいかなければいけないはずである。
 それを自分の割り切れない思いのために邪魔するのも悪い。
 そう思ってナガシノを見たら、ナガシノは微笑んで、そして誇り高そうに口を開いた。
「私は姉と二人きりだが、特に困ってない。私達のことは考慮しないでいい」
「でも繁殖はできない」
 シタラの言葉に、ナガシノは甘い顔で怒った。
「もー、おねえちゃんそればっかり!」
「重要なことよ。生き残ることの次くらいにはね」
 シタラはそう返して、ハママツを見た。
「私には選択の余地はないように思える」
「シタラはどうも思わない? 私たちが西の街で援軍を連れてくるってことは戦闘騎が死ぬってことでしょ」
 シタラは笑った。背筋の凍るような、酷薄な笑いだった。
「ああ。人間ならそう思うでしょうね。でも戦闘騎は戦うのも死ぬのも当然の話よ」
「私もそうだ」
 ナガシノがそう言ったら、シタラの尻尾で頭を叩かれた。
「酷いよおねえちゃん!」
「なんでも真似するのはよくない」
 ハママツは心の中で呼びかけた。
”フジマエはどう思う?”
”どうもこうも。さっき言った通りだ”
”ふ、フジマエはどう思う?  NEFCO ネフコ じゃなくて。フジマエは”
”僕の上司が後ろにいるんだが。あー、いや、今から不規則発言する。ハママツさん次第だ”
”次第って?”
”僕は君の味方ってことだ”
 ハママツは顔に熱を感じた。
「なによあんなに私と喧嘩してたくせに」
”それについては反省したが、それとこれとは関係ない”
「関係ないってなんだ!」
 からんころんと音が聞こえたのはその時である。ナガシノとシタラが同時に立ち上がったのが見えた。