第三十五話
「道路」

 海水で手を洗っていたら、ようやくナガシノとシタラが砦の廃墟から出てくるのが見えた。山を掘りぬいて作ったであろう砦を見るに、昔の絶技は強かったのだなとハママツは思った。あるいは、昔は人間も戦闘騎のように絶技使いに使われていたというので、人間が掘って作ったのかもしれない。
 戦争は大変だが、今の自分は自由である。そう思えばあの戦争にも意味はあるのかなと思った。

 まあ、なんのなぐさめにもならないけどね。
「フジマエ、600数えるのにどれだけかかってるの?」
 そう言うが、反応はない。それでいらいらしていたら、急に鼻息がそばで聞こえた気がした。
”もういいか”
「……私の言うことは聞こえてなかったみたいね」
”緊急事態か。まて。すぐ映像を繋ぐ”
「違う。もういい」
 ハママツは歩いてきたナガシノに抱き着いた。
「え、え?」
 昨日抱き着いてきたのはナガシノだったのに、今日は身を固くしている。
「おはよー。どうしたの?」
「あ、い、いや、なんでもないんだ」
 ナガシノはそう言って、ハママツを抱きしめ返した。顔が真っ赤だ。石のようになっている。あの凛々しい戦う姿とは全然違う姿。あるいはこちらのほうが、本当のナガシノなのかもしれない。

 今までやったことなかったが、抱き着くというのはなかなか心地いい。ハママツは抱き着けないフジマエなんかどうでもいいもんねと思ったが、返事がなかった。
「寝てる?」
”いや、休息は十分だ。大丈夫”
「じゃあ、なんか喋って」
”そんなに怖がらないでも大丈夫だ。見える範囲にあやしいところはない。そもそもそのエリアの戦闘騎はシタラとナガシノが倒している”
「そんなのじゃなくて!」
 いつもならこの時点で喧嘩だが、フジマエは元気がなかった。
”じゃなくて!?”
「本当に大丈夫? フジマエ」
”僕の心配なんかしないでいいんだ。あー。どんなことを話してほしい?”
「難しくないこと。あと、戦闘とか、いつ旅にでるとか、そういうことじゃないほうがいい」
”しかし、作戦会議をしないと……いや、分かった。あー。でも、どんなことを話せばいいいのかな。正直、何を言えばいいのか”
 ハママツはナガシノに抱き着いたまま、口には出さずにフジマエに言葉を掛けた。
”じゃあ、あんたのこと話して”
”分かった。あー。そうだな。楽しいことといえば高速道路の工事で時間通り交通の流れを阻害せずに工事出来た時のことかな。あれはもう、NEXCO中日本の社員ならだいたい全員が気持ちがいいと思う瞬間で……”
”変態なの、あんたたち?”
”僕のことを話せと言ったのは君だろう!”
”まあ、いや、そうだけど。え、道作るの楽しいの?”
”補修工事も成功すると楽しい”
”なんかもう、想像もつかないんだけど。さすが異世界”
”そうかな。どんな仕事だってうまくいって、大勢の人の役に立てば嬉しいと思うんだが”
”私は歌や踊りで皆を喜ばせるのが好き”
”同じようなもんだ”
”ぜんっぜん、違うわよ”
 あれ、私の方が喧嘩売ってるような感じだなと、今更ハママツは考えた。いや、でも今更付き合い方を変えるなんて、む、ムリ。どんな顔すればいいか分かんない。
 ところがフジマエは、そんなこと全然分かってなさそう。
”同じ、だと思うんだが。今はたった20kmを歩くのに命懸けだが、いつかは支援を続けて……”
”私が道を作るの!?”
”違う。君は道の上を歩くんだ。安全で快適、そして速く”
 フジマエが作った道の上を歩くのか。まあ、悪くはない気がする。
 今まで知らなかったがフジマエは道路が好きなようで、楽しそうに、そしてひどく優しく喋っている。心が疼いたような気がして、ハママツはナガシノを優しく抱きしめた。棒立ちのナガシノの呼吸が止まっている。
 フジマエは楽しそうに言葉を続けている。
”君は、どこにでも好きなところにいけるようになる。歌いたいところに、歌を聞かせたいところに、歌のヒントを得るために。食料や水、医薬品だって運ぶ。高速道路は最強の武器だ”
”あー、はいはい。そんな風になるまで一体何年かかるんだか。そもそも最初の一歩くらいで私死ぬかもしれないじゃん”
”そうはさせない。絶対にさせない。”

 でも、あんたがどんな道を作ったって、私あんたの顔見れないじゃん。そこまで歩いていけない。
 ハママツは自分の考えを首を振って振り払った。フジマエが変なせいで、自分まで変になる。
”しかし、いいのか”
 フジマエはそんなことを言った。
”何が”
”ナガシノさんが大変なことになっている”
 慌てて手を放したら、ナガシノは力なく砂浜に崩れ落ちた。顔が真っ赤だ。どれだけ呼吸を止めていたのか、肩で息をしていた。
「な、なんだか色々はじめて過ぎて……に、人間に慣れるなんて無理だよ、おねえちゃん……」
 ナガシノの言葉にハママツは周囲を見た。
「え、え?」
 シタラは面白そうに尻尾を振り、そろそろ朝食を食べながら作戦会議をしましょうと口にした。