第三十三話
「休息」

 ハママツさんは、思ったよりもずっと、か弱い女の子だった。いや、普通の女の子だった。そりゃそうかと、思い直して家の中でごろごろする。
 ああくそ、なんだか腹が立つ。

 いつもならなんだかんだ言って管制室に居残るであろうところをやめ、目の覚めた--と本人は思っている-- 藤前 ふじまえ はちゃんと休むことにした。長く一緒にいるだけでは、彼女を守れない。守るためには十分な休息をとることも必要だし、勉強したり、打ち合わせしたり、作戦を立てたりする必要もある。
 頑張ろう、と思う。また泣かれたら嫌だし、僕はあの人、岩井さんに勝ちたい。何を競うのかは分からないけれど。

 寝転がり、タブレット端末に映した地図を見る。
 岡崎と長篠設楽原間はこれまた直線で20kmほど。大した距離ではない。高速道路にとってはそうだ。しかし、 希望世界 エルス ではこれが絶望的に遠い。それは前に経験した。なにせ地図すらない。希望世界とこちらの世界は、地形的にほぼ同一という話だったが、希望世界で行われていた戦争によって、大きく姿が変わってしまっていた。
 どんなプロジェクトもそうだが、計画が一番最初に死ぬ。今回の連絡作戦もそうだった。綿密な計画、スケジュールを立てたつもりが、最初の段階でもろくも崩れた。地形が大きく変わっているとは思っていなかったし、地磁気が狂っているとも、思っていなかった。地磁気がおかしいと方位磁針が使えず、方向に狂いが出てしまう。たった20km先に必ず辿り着けるという保証がない。
 ハママツさんをなんとか長篠設楽原まで届けられたものの、運が良かっただけだとも、思う。もちろん、運を引き寄せたのは準備の賜物だが、これで十分ということはまったくなかった。
 順当にいけばスケジュール引き直し、計画は見直し。というところだ。運の良さに感謝しつつ、得られた情報を咀嚼して計画を立て直すべきだろう。
 しかし、それがなかなか難しい。希望世界の浜松は崖に作られた街で、畑も何もない。食料を手に入れる手段は乏しく、それでいて人口は増え続けていた。いつ人減らしがはじまっても、おかしくない。時間的余裕はあまりない。あまりないというより、全くない。第一号として崖から落とされそうなハママツさんを救う方向で今回の計画も無理やり立案された背景がある。

  NEFCO ネフコ にせよ、義勇社員にせよ、その背後にいる今回のプロジェクトを見守る人々にせよ、人の死というものに慣れていない。慣れていないから、無理でもなんでもどうにかしようと動いた。それはいい。藤前は話を聞いたとき無茶だなと思ったものだったが、今はその決断が正しかったと思える。涙目で体育座りするハママツを知ってしまったからだ。あれを守るために無茶をしなければならなかったのは、分かる。

 でも、一方で人死にが出たら不満や非難が吹き上がるのは目に見えている。人の死に慣れていないから無理しても助けようとし、死を突き付けられて、動揺したり怒ったり計画を批判する。それらは当然。助けようと無理するのと同じコインの裏表でしかない。
 どうするか。計画の見直しとスケジュールの立て直しは転落者を生むだろう。
 なんとかできないか。いい方法はないか。
 この問題をネットか何かにあげて皆の知恵を借りるのはどうか。計画立案の責任者は岩井さんだ。あの人ならそういうこともするんじゃないか。実際NEFCOはいくつかの専門性の高い問題をこの方法でうまく解決してきた。
 いや、しかし。でも難しい。人の生き死にの問題は重い。ネットで尋ねたりすれば、意見が割れたり戦ったりも起きるだろう。それは人気の低迷に繋がってひいてはNEFCOの活動予算や規模の縮小に繋がる。

 時計を見る。もう出勤しないといけない。頭を激しく掻く。こんなことなら、もっと前からきちんと休んで頭を使うべきだった。
 ぐるぐるしながら出社。管制センターを見下ろす二階にて、1時間ほど引継ぎの準備として後ろから様子を眺める。
 ハママツは口をだらしなく開けて寝ている。なんともまあ、と思わなくもないがこれはこれでありかもなと、思ってしまった。人として終わってるな。僕は。
「よく寝ている」
 そういうと、 艦橋 かんばし が笑った。
「そうですね。12時間くらい寝てます」
「寝すぎだろ。つまり交代したあと寝て、それからずっと寝てたというわけか」
「ええ。まあ」
 艦橋の苦笑。
 モニタをもう一度眺めて、能天気だなと思ったが、あるいは怖いので眠りに逃げているのかもしれない。だとすれば、不憫だ。寝顔は完全にまぬけだが。
「よく寝るなぁ」
「藤前さんにあわせてるんじゃないですかね」
「そんなわけないだろう」
 そもそも、泣かせた相手だと、手を振って否定し、藤前は交代した。
 タイミングよくハママツが目を覚ました。
”フジマエの鼻息……”
「おい、変な覚え方するな」
”姿が見えないんだから音で判断するしかないでしょ”
「まあ、そりゃそうなんだが」

 藤前はそう言ったあと、どうしようかと天井を見上げた。