第三十二話
「俯瞰」

  希望世界 エルス を繋ぐ管制室は静けさに包まれた。皆が、岩井が出て行ったドアと、 藤前 ふじまえ を順に見ている。

 岩井によって鮮やかに問題を解決されたのを見て、藤前は自分の未熟を思い知った。
 自分はハママツさん担当ではあってもハママツさんの専門家ではなかったことを突き付けられたのである。同時に、自分が一番の理解者だと思い上がっていたことにも気づかされた。
 自分がどれだけ彼女に無理をさせていたのか、覗き見た気になって嫌な気分になる。
 力なく椅子に座って、頭を抱えた。
 自分の力不足と、それがどう上司から見られているか気づいて家に帰って引きこもりたい気分になる。分かっているつもりで分かってなかった。熱意だけではダメなことを。

 とはいえ、途中でやめたり投げ出したりはできない。ああそうか、ハママツさんも同じか。僕は本当にダメだな。死にたい。自分の非を指摘されて切れて暴れたり文句をつけたりと、散々なことをやっていた。しかもハママツさんを守れてないじゃないか。

 ヘッドセットをつけた。回復した画像を見て、一瞬戸惑ったが、結局は声をかけた。仕事だからではなく、この状況で話したい相手が、ハママツだった。
 多分これまでの人生で、一番迷惑をかけている相手。

”すまない”
”ごめん。私もなんか、変だった”
 しばらく二人で黙った。ハママツが声を出した。
”怖いの。すごい怖い。戦闘騎とまた会ったらどうしよう”
”そうだよな。僕も、あんな思いはしたくない”
”本当に?”
”本当に。あまり時間があるとは言えないが、少し時間をくれないか。もっと安全性を高められないかとか、心のケアの専門家を雇うとか、できる限りのことをやっていきたい”
”時間、私があげられるの?”
”本当は君のいた村の、残り時間を考えないといけないが。正直、そこまで考えたくない”
”……叔父さんとか叔母さんが下に落とされるのは嫌だな”
”各家族から一人という方向で話が進んでいたから、大丈夫だ。少なくとも今は”
”私、生きたいんだけど”
”知っている。ずっとそう言っていたもんな”
”えー、初めて言ったんだけど”
”言葉では”
 藤前はそう言って苦笑した。実力不足でもなんでも、石にかじりついても、この席にかじりつきたい気分だった。それで彼女を危険にさらすわけにはいかないが。
”岡崎ってところにいったら、皆落ちなくて済む?”
”多分。岡崎は戦闘騎の駆逐に成功している。そこまでいって戦力を借りて、まずは岡崎=長篠設楽原=浜松のラインを復活させる。長篠の魚や岡崎の穀物があれば、希望世界における浜松の住民の食料不足が解消する”
”戦力って、借りられるものなの?”
”分からない。向こうの意見は割れている。顔も見た事のない連中を助けられるかという者もいる”
”だから私が行くのね”
”ああ”
 モニターに映るハママツは、抱き着いたナガシノの頭を撫でている。ナガシノは顔から湯気がでそうな感じ。

”分かった。ううん。分かってる。でも怖い。ダメだね、私”
”いや、ダメなんかじゃない。ダメなんかであるものか。僕が至ってないだけだ”
”ああ、うん。フジマエは全般に説明足りてないよね”
 少し調子が出てきたか、ハママツは偉そうにそんなことを言っている。すぐ調子に乗る、というより、口から出まかせを言っているように見える。本当は怖いのに、前向きなふりをしたり、元気よさそうにしてみたり。
 嘘つきめ。くそ。僕はなんでそんなことも見抜けなかったんだろう。
”すまない”
”ちょ、大丈夫? いつもなら言い返すとか怒るとかするでしょ”
”それじゃダメだと気付いた。”
”お、怒ってもいいよ?”
 ハママツはそんなことを言った。ああくそ、可愛いな。いや、そんなことは分かっている。ずっとはっきり意識はしていなかっただけ。そっちの方が多分幸せだった。
”そういうことじゃなく”
 この気持ちを香取に知られれば、交代させられるかもしれない。急にいろいろ世の中を俯瞰できるような気になって、藤前は顔を赤くした。