第三十話
「鳥の羽」

 管制室の注目を一身に集めながら、岩井はヘッドセットをつけると他人が見た事がないような静謐に満ちた顔をした。普段鼻歌を歌っていそうな顔なのに、この時はまったく、違った。
「ナガシノさん。聞こえるだろう」
 喋っているのが不思議に見えるくらいの落ち着きだった。

“ああ。いえ、はい聞こえ……ます”
「言葉遣いには気を使わないでいい。悪いが、たぶんそこで体育座りして拗ねている娘っこを抱きしめてくれないか」
”抱きしめる!?”
「ああ。すまないが、頼むよ」
”え、え。でも、私はその、そういうのやったこと、ない……”
 ナガシノはひどく慌てている。岩井は微笑んで落ち着いた声をかけた。
「ああ見えてひどい寂しがり屋なんだ。頼む」
”あ、姉上にしているような感じでいいだろうか!?”
「それでお願いする。それと、ついでに背中を何度か軽く叩いて、大丈夫、大丈夫と言ってやって欲しい」
”わ、分かった!”

 岩井はゆっくりヘッドセットを取って冷たい目で 藤前 ふじまえ を見た。すぐに目線を外し、自らの横の席に座る 艦橋 かんばし を見る。
「ロードパンサーの設定を元に戻してくれ」
「分かりました」
 厳密には香取の指示を受けるべきなのだが、有無を言わさぬものがあった。艦橋がロードパンサーに指示を与える間に岩井は再度藤前を見た。
 背後のモニターで画像が復活する。顔を真っ赤にしたナガシノが目を回した上に顔を赤くしたハママツさんに抱き着いている。

 ヘッドセットを置いて、藤前の横を通り過ぎる岩井。
「娘っ子ってのは上から落ちてくる綺麗な鳥の羽みたいに扱うもんだ。君の、扱いは雑過ぎる」
 そう言って、難しい顔をした香取の肩を軽く叩いて岩井は去ろうとした。
 香取が首を横にまげて、岩井を見る。
「それも、予告ってやつですか」
 岩井は苦笑した。
「違う。既婚者としての助言だよ」
「俺は秘密にされるのが大嫌いです」
「知ってるよ。だから今のは本当だ」
 岩井が去ったあと、香取は机を揺さぶって不満を表現した。まだ立っている藤前を面白くなさそうに睨んで、口を開いた。
「帰っていいぞ」
「いえ、仕事させてください」
「俺は岩井さんのどや顔を見たくないし、それ以上にさりげなくフォローされるのが嫌いだ。分かるか」
「分かりません」
 香取はゴリラのごとく机を揺らした。落ち込んでいる藤前には、その動きが見えていなかった。