第八話
「高速道路」

希望世界 エルス ・高速道路

 逃げ出すように我々は高速道路を歩いている。日本の技術を導入した道路は歩きやすく、おかげでどんどん恥ずかしいところから離れ、それどころか休む暇を見つけられずに歩いていた。
 それにしても、まっすぐだ。私たちは、山の中に作られた道を歩いている。山の中にもかかわらず見晴らしがいいのは、道路が高架になっているせいだった。歩き疲れて熱を持った頬には、風がとても気持ち良い。
 今は横幅で15mもある道路を広々と歩いている。どうせなら真ん中を歩きたいのだが、中央分離帯があるせいでそれはできなかった。

 まっすぐな道、平坦な道を作るための努力は、日本風の教育を受けた我々にとっても異様とも思えるほどで、まっすぐな道のためならトンネルを作り、高架にし、何度も測量を繰り返して作られていた。
 こっちにもGPSがあれば比較的簡単に測量ができるのに、ないばかりに測量器や三角関数を教えるところから始めないといけなかったわけだ。いや、三角関数は全ての基本だから、全員知っといた方がいいとは思うけれども。
 絶技がある こっちの世界 エルス から見ても莫大な手間をかけて作られた。日本での先例がなければどんな権力者もこんなものを作ろうとはしなかったろう。いや、あったとしても真似できたかどうか。一部でも果断過ぎると言われた 駿河湾沼津 するがわんぬまづ の前領主さまの性格あってのことだった。きっと、凄い強そうで顔中戦傷だらけの人に違いない。
 会話もなく、どんどん歩く。いや、この風では会話はそもそも難しい。にもかかわらず道はびくともしていなかった。設計上はどこかで力を逃しているはずだけど、私にはそれがどこかは分からなかった。
 私は顔をあげた。清水の谷を抜けるとこの風のせいで霧がなくなる。弱きものを隠す自然の恵みはなくなってしまったというわけだ。ここから先はノーマンズランド。人間が生きるのは難しい地帯だ。いくらスルガやエビナの兵が行き来するとはいえ、私たちも相当気をつけて歩かないといけない。
 まあ、高架だからそんなに心配はいらないのだけど。
「シミズさん脚が震えてるよ」
 リフティングしながら横目で私を見て、フジエダさんがそんなことを言った。私は睨んだが、彼女には私の気持ちなど伝わらなかったようだ。まったく。これだから。
「え、なんで私を睨むのよ」
「別に、なんでも。気をつけて、ここから先は危険だから」
「そう?」
 フジエダさんは怪訝そう。なんだかかなりの温度差がある。今でも危険だと、よく聞いていたのだけれど。
「危険だとずっと聞いてたけど」
「まあ、そりゃ危険は危険だけど」
 フジエダさんはサッカーボールというよりは蹴鞠を手に持って、私の顔を見た。
「程度の問題だよぉ、道ができる前なんて、そもそも隠れ里から出られなかったんだから」
 隠れ里。なるほど。霧に守られた清水も隠れ里と言われればそんな気がする。それを言うならデカイタチの村もそうだ。例外は岡崎や駿河湾沼津だろう。
「外に出られるだけ、マシってこと?」
「女の子だけの旅でもなんとかなる位ってこと」
 そう言われると凄い安全な気もする。安全の物差しが統一基準になってない気がしてきた。道によって社会的には接続、統一されてもこういう物事の測り方まではまだ統一されていない。あと何年かしたら、変わっていくのだろうけど。
「大丈夫、お姉さんに任せなさい!」
 何が大丈夫なのか私の懐で羽を休めていたモリマチさんがそう言った。昔から人間では、小妖精の安請け合いという。つまり信用できない。
 フジエダさんを見る。フジエダさんの表情も、だいたい私と同じだった。モリマチさんは私たちの顔には気づかず、胸を張った。
「危なくなったら、飛んで助けを連れてきてあげる」
 私たちが全力で走った方が多分速いと思ったが、フジエダさんは何も言わなかった。私も黙る。モリマチさんは優しそうに笑っている。
「なんと言っても、私はお姉さんなんだから」
 言葉は頼れる感じなのだが、大きさが15cmほどなので、全然頼れない感じだ。
 私は苦笑して頭をなでようとして、やめた。なでるつもりで骨折とかになる可能性もある。
 代わって、まっすぐの道をまた歩き出した。
 アスファルト舗装の道はとても良いのだけれど、裸足や柔皮のサンダルで歩くと熱くていけない気がする。蓄熱という意味ではアスファルトはあまり良くはない。
「どうせならコンクリート舗装にすれば良かったのにね」
「え。コンクリートで道?」
 フジエダさんは変な顔をした。いや、むしろ私の方が変な顔をしていたのかもしれない。まさかフジエダさんがコンクリートを知っていたなんて。特別授業とかいつだって寝ていたのに。
「コンクリートって建物つくるためのものでしょ」
「建築材料の一つとしては常に有力な選択肢になるの」
 私は先生が言ったことをそのまま口にした。日本の道路の多くはアスファルト舗装だけど、これは急速に舗装を進めた関係であって、コンクリート舗装の方が耐久性やトータルのライフサイクルコストは安くあがるという話だった。
 何もかもを日本に合わせないでいいと、 NEFCO ネフコ の人は言っていた。事情が違うんだから、とも。私もそう思う。それでもなぜ、アスファルトにしたんだろう。
 モリマチさんは手を挙げて発言した。
「コンクリートの材料に使う砂利がこっちでは少ないのよ。ほら、絶技で土地が海に呑まれた結果、大幅に海岸線が後退したでしょ。あれでコンクリートに向いた砂利がとれなくなったの」
 フジエダさんの目がハイライトを失っている。勉強でこの人だけには勝っているという相手に賢いところを見せられて、ショックを受けたんだろう。気持ちは分かる。
 モリマチさんは良い笑顔で、コンクリートについて延々と語っていた。似合わないことこの上ない。一体何があったのか。