第七話
「アイドル」

希望世界 エルス ・清水の外れ

 モリマチさんの歌で、小さな耳と髭を震わせていたデカイタチたちは目を細めて頷いていた。何を納得したのかは分からない。
「あの、宿代なんですが、この人たちが歌って踊るので、それでどうでしょう」
 私が言うとデカイタチたちはうんうんと頷いた。お金や労働の価値をあんまり分かってないデカイタチたちに悪い事をしたような気もするが、他に支払えるものがなかった。
「ちょっと、シミズさんはどうなのよ」
 フジエダさんが眉をひそめて言った。
「どうって……?」
「私とモリマチさんが歌って踊るとして、シミズさんはどうすんのさ」
「え、私は踊れないし、歌も歌えないし」
「大道具係でいいのかって言ってるんだよ。せっかくのアイドルグループなのに!」
 アイドルグループってフジエダさんは何を言っているんだか。え、 蹴鞠 けまり はアイドルに入るの?
 私の目で何を考えているのか悟ったか、フジエダさんは顔を真っ赤にした。
「私だって恥ずかしいんだからシミズさんも!」
 背中を押された。そうか、フジエダさんでも恥ずかしいという気持ちがあるのか。
「歌なんて知らないよ!」
「さっき図面書きながらアニソン口ずさんでたじゃん!」
 そうだっけ。
 私は前に押し出された。広場に集まったデカイタチが、きらきらした目で私を見ている。
 いや、無理、無理だよ。歌なんて。
「じゃあみんなで歌うね!」
 イタチが立ち上がって前足で拍手した。カワイイ気がする。いや、でも恥ずかしい。
 いや、恥ずかしいか?
 私は眼鏡を指で押した。動物に歌を聴かせても別に恥ずかしいとか、そういうことはない気がする。うん。そもそも耳の構造も違うんだから音がどう聞こえるかも分からない。小妖精みたいにサイズの違いからくる音響差分を調整する絶技を常用しているわけではなさそうだし。
 つまり、音痴でも問題ない。これだ、これだ。
 私はフジエダさんがドン引きするくらいに両手を広げて笑顔を作った。下手と言われないステージで歌うのは大好きだ。しかも人間がいない。
 私が渋い声で歌い出すとフジエダさんがばかーと言って突っ込んだ。
「え、何が」
「なんでそんな渋い歌歌ってるのさ! 女の子なんだからもっと明るくカワイイ歌歌おうよ!」
「え、でも推進剤積んでるロボットはアニメとはいえちょっと……」
「そんな話じゃないってば!」
 爆笑。イタチが前足を交互に降って笑ってる。
「お笑いになってるじゃん!」
「いや、これくらい受けてるならお笑いでも」
「駄目だよ! 志を高く持たないと!」
「はいはーい。喧嘩しないで、ね?」
 モリマチさんが飛びながら言った。彼女は楽しそう。
「皆で歌える歌を歌おう? じゃあ、いくよ」
 まあ、喧嘩するよりはそっちがいいのは確かだ。モリマチさんが歌いだしたのはちゃんと推進剤積んでないロボットのアニソンでかわいい系だし。
 それにしても小妖精と言えば物覚えが悪いということで貴族たちから信用されているのだけど、どうなんだろう。かなりいろんな歌を覚えてそうではある。
 モリマチさんに合わせてフジエダさんが歌っている。私も歌を合わせた。歌の善し悪しが観客に伝わるとは思ってないが、楽しんでくれたらいいなと思う。
 フジエダさんには悪いけれど、この際お笑いとしてでも喜んでくれたらいい。
 結局一時間ほど歌って踊った。1時間しかやらなかったのは、疲れで私の足がもつれ、フジエダさんと私の声が嗄れたからだった。本物のアイドルって凄い。2時間とかライブやるっていうし。とてもじゃないけどできる気がしない。見た目はかわいらしくても、とんでもないトレーニングを積んでいる気がする。
 まあ、私には関係ないのだけど。
 宿屋の主人のデカイタチは、宿代は十分だと感銘した様子で言った。イタチの感銘って想像したよりもずっと感銘感があった。
 食事も貰った。川魚だった。デカイタチはいろんな食材を探すのに長けていて、それであの大きな身体を維持しているようだった。農業とか教えたら、やるんだろうか。

 3人並んで布団に入って寝ることにする。モリマチさんは小さな布団だ。なぜ小妖精用の布団があるのかは分からないが、どうも小妖精がたびたびここに訪れているらしい。
 モリマチさんは布団の中で嬉しそうに笑っていた。
「楽しかったねえ」
「まあね。ちょっと疲れたけど」
 フジエダさんもまんざらではなさそう。私はどうかというと、眼鏡を外して枕元に置くと、髪をほどく記憶もなく寝てしまっていた。今日は色々ありすぎた。
 目が覚めたのはたっぷり10時間たっての事、フジエダさんの悲鳴を聞いてからだ。
 慌てて眼鏡を探してリボンを見つけて前髪を上げてフジエダさんのところにまだ眠そうなモリマチさんと近づくと、フジエダさんが震える手で窓の外を指していた。なんだろうと顔を近づけたら、私の眼鏡が割れるかと思った。
 道行くデカイタチたちが全員メガホンを持っている。しかも猛虎。上着も同じ模様だった。
 デカイタチがすぐ人間の真似をするというのを、私は深く考えていなかった。
 広場では3人組が聞くに耐えないような歌を歌っており、しかも嫌なことに、私たちの歌声に良く似ていた。振り付けも完璧だ。間違っているところまで完璧。
 私たちは逃げ出すようにデカイタチの街から離れることになった。いたたまれない気分だった。