第六話
「会議」

希望世界 エルス ・清水の外れ

 デカイタチの街は人間の街をよく真似ていた。ただまあ、理由も分からず真似ているところが結構あって、宿屋はあっても宿泊の取り決めはなかった。どう泊まっていくら取るのかとか、そういうものが決まっていなかった。
 人間ではこうなんですよと言ったら、そうか、じゃあそれでと言われる。
 当然、価格はあってないようなものだったし、そもそもデカイタチはお金という概念がない。料金をどう払おう。お金ないけど。
「働けばいいんだよ!」
 宿屋前の広場で、料金をどう支払うかの会議。フジエダさんは元気よく言った。デカイタチに踏まれないように、私たちは隅っこのベンチに座っていた。デカイタチ用のベンチなので、妙に長い上に奥行きがある。何でも二列に座るらしい。
「どんなことして働くの?」
 私が言ったら、フジエダさんは腕を組んで難しい顔をした。考えてなかったのか。
「はいはーい。こういうことはお姉さんにまっかせなさーい」
 モリマチさんがホバリングしながら言った。目の前でやられると、思わず手で叩き落としたくなるが、理性で耐えた。小妖精と一緒にいると虫に優しくなると言われているが、それは本当だ。
「どんなのよ」
 フジエダさんは自分で何にも考えてない割に、偉そう。
「旅芸人をすればいいのよ」
 モリマチさんは名案といった感じで言った。もちろん名案じゃない。
 私が言う前にフジエダさんが口を開いている。
「芸人って言うからには芸しないといけないじゃん。私リフティングくらいしかできないよ」
「リフティングでいいじゃない」
「そうか」
 瞬間で丸め込まれていた。
「ちょっ、ちょっと」
 私が止めなければなるまい。
「私たちはどうするのよ。モリマチさんと私は?」
 言い方を間違えたような気もするが、心配だったのはその事だった。
「私は歌を歌うわ」
 モリマチさんは胸を張って言った。まあ、歌はうまいのだろうとは思う。なんとなくそれは分かる。でも。
「でもモリマチさんは声が小さいと思う」
 こればかりは体の大きさが原因だから仕方ない。モリマチさんは不満げな顔をしている。あんたらがでかいんでしょ、という顔。
「そもそも私、芸がない」
 私が言ったら、フジエダさんが指折り数えだした。
「引きこもるとか、泣き言いうとか」
 私はフジエダさんの首を絞めようと手を伸ばした。モリマチさんがホバリングしながら私の前で制止した。
「シミズさんと言えば学校の勉強ができる!」
「あ、それがあったか」
 フジエダさんは納得顔。私は怒り損ねてベンチに座り直した。後ろに座っているデカイタチの毛並みに埋もれそうになる。
「学校の勉強なんてなんの役に立つのよ」
 とは、日本の友達がよく言っていた言葉だ。自然に口から出ていた。でも当時の私は、そうは思わなかった。むしろ絶技の使えない人間にとっては、勉強こそが大切だと思っていた。
 私は起き上がった。眼鏡を指で押した。
「まあでも、確かにここで使わないと意味はないよね」
 私の奨学金を出してくれていた NEOPASA ネオパーサ 清水に出店していたバイク企業や自動車メーカーのためにも、ここは勉強の力を使うべきだろう。それに友達の口癖を口にしたら、日本に帰りたくなった。実際には行ったことないけど。
「よし」
 私はとりあえず、モリマチさんの声を大きくすることにした。マイクとスピーカーの仕組みは頭に入っているが、とはいえ、ここでは道具が揃わない。そこで拡声器としてメガホンを作ることにした。スピーカーのホーン部分だけを抜き出したようなものがメガホンだから、知識が役に立たない、ということもない。
 まずは計算だ。適当に形だけ真似てメガホンを作るより計算して作った方が試作数が減るので効率がいい。日本の先生たちから教えて貰って、苦労して作った計算尺を使って計算をした。日本で計算尺を作っているメーカーから、希望世界の役に立つならと採寸して作った日本のもののコピーだった。
「圧と流の比はインピーダンス。圧と流の積は仕事率……」
 教わったことを口にしながら計算する。
「絶技の口上みたいだね」
 モリマチさんはそう言うが、私としてはどうかな、と思う。
 計算はすぐに終わった。問題は実際に作る方だ。樹脂で作るのは樹脂作りからはじめないといけない。薄い木の皮は、カンナがないと作れない。希望世界にはカンナもない。チョウナ止まりだ。いや、まて。紙だ。紙を使えばいい。私のノートがある。
 日本のノートと比べれば随分みっともないノートから丁寧に紙を切り取って、それを成形してメガホンにすることにした。
 図面通りに作るには集中力がいる。苦心してできたと顔を上げたら、周囲に大量のデカイタチが集まっていて、私を見ていた。
「え、何、なに?」
「人間の作業を間近で見るのが珍しいんだって」
 そうなのか。
 ともあれ私はモリマチさんにメガホンを渡した。ちゃんと日本風に猛虎と書いてあるし白黒に塗ってある。
 モリマチさんが口を当てて歌うとメガホンの向こうに居たデカイタチたちが目を大きく見開いた。成功したようだった。
 宿代になるといいんだけど。