第五十話
「幻想交流」

希望世界 エルス ・掛川

 男の人は私を見ると軽く頭を下げた。私も頭を下げる。あんなに強かったのに、少しも強そうに見えない。戦士じゃないのか。でも自称芸人というのは、さすがに信じられなかった。

 どうしようかと悩んでいたら、フジエダさんが「わー」と言って男の人に近づいていた。もっと警戒心を持って欲しい。私はフジエダさんの手を引っ張って邪魔しつつ、男の人に話しかけた。
「ええと、あの、強い、んですね」
「いえ、それほどでも」
「はいはーい。名前なんて言うんですか!」
 モリマチさんとフジエダさんが異口同音に同じ事を言った。求婚には見えないが、これはまあ元気が良すぎるせいだろう。
「イワシミズです」
「あ、私、シミズです。名前似てますね」
 そう言ったら、髪を引っ張られた。フジエダさんだった。何コイツ。
「何よ」
「何さりげなくアピールしてるのよ」
「はぁ?」
 にらみ合っていたら、カケガワさんがやってきて私に抱きついた。
「助けに来てくれるなんて。悪く思ってごめんなさい!」
「い、いえ、というか、ううん。私も、カケガワさんがフジエダさんをかばったりしてくれるとは思わなかった。ごめんなさい」
「そうですよ。気を付けてくださいね」
 カケガワさんは瞬間的に偉そうな顔でそう言った。この間0.2秒くらいで、私は反応が遅れた。
 しかし遅れたおかげで怒らず済んだ。カケガワさんは笑っている。冗談のつもりだったらしい。というか、そういうのがとても下手で、誤解を招いていたのかもしれない。私は遅れて、ちょっと笑った。
 いや、それどころではない。そうイワシミズさんだ。
「あの、イワシミズさん」
「はい、なんでしょう」
 私は倒れたまま戦闘騎のもとへ這っていこうとするナガシノさんを見た。白い戦闘騎も小さな声で鳴いている。悪い人だと思うのだけど、いたたまれない。それに、ハママツさんのこともある。
「この人達、助けられませんか」
「いいですねえ」
 イワシミズさんはにこにこ笑って言った。
「とりあえず、ナガシノさんとシタラガハラさんとハママツさんは僕の方で逃がしますよ」
 何の気負いもなくイワシミズさんは言った。凄い人だ。男の人はみんなこうなんだろうか。いや、そんなわけがない。むしろ男が弱いから生き残っているのは女ばかりという説に、私は信憑性があると思っている。そう思うのは私が女のせいなのだけど。
「どうやって逃がすんですか。あの、この城、包囲されているという話なんです」
「それはまあ、破ればいいので」
 笑顔でイワシミズさんは言った。さらりと怖いことを言う。私が固まっていると、イワシミズさんは微笑んで見せた。
「誰も殺しませんよ」
「ありがとうございます」
 どこからどうやって現れたのかは分からないが、この人が出てきたおかげで誰も死なずにすんだのは確かだ。
 それがとても嬉しい。涙を流したらフジエダさんが私の頭を撫でた。
「泣かないでよ、小さい子じゃないんだから」
 イワシミズさんは私を見ずに下の階段を降りていった。起き上がろうとするナガシノさんを見て、慌ててイワシミズさんについていくことにする。何か言葉をかけようかとも思ったが、襲われたら嫌だし。でも、そんな感じではなかった。憑き物が落ちたような顔だ。
 憑き物が落ちたような、と言えば城から離れたところに座っていたヌマヅさんもそうだった。半巨人は丈夫らしく、あれだけ凄い衝撃を受けたのに頭にたんこぶが出来たくらいの顔をしていた。
「ただの面白いヤツだと思ってたんだけど」
「だいたいあってます」
 そんな言葉を交わしてイワシミズさんはハママツさんを起こした。ハママツさんは何か大事なものが折れてしまったのか、光を失った目をしていた。
 イワシミズさんは微笑んで口を開いた。
「変な宗教ぽいですが、怪しくはないですよ。って言っても駄目かな。人生やり直してみたいとか思いませんか。フジマエさんの所に行きたいとか抱きしめたいとか」
 いきなり目に光が戻った。いや、すぐにまた光を失った。
「そんなのできるわけないでしょ。何? 新手の拷問?」
「いえ。ところが本当なんですよ。貴方はやり直せる。まあ、随分とフジマエさんと出会うのに時間は掛かりますが。できます。できることになっている。もっともやる気があれば、ですけど」
 信じるか信じないかで迷うような素振りをハママツさんはしている。いや、信じたいのだろう。でも怖い顔をしている。
「これは僕だから言えると思うんですけど、そんなに悩むぐらいならやった方がいいですよ」
 ハママツさんは泣きそうな顔をして顔を上げた。これから何がどうなるのかは分からないが、うまくいくといいと思った。

 イワシミズさんはよし、と言った後で私を見た。私の頭を撫でる。なんで頭を撫でたのかは、分からない。
「君の声のおかげで、迷わずこれたよ。ありがとう」
「声……ですか」
「ああ。心の声だね。んー。ファンタジーは日本人には馴染みがないというか、照れがあるなあ」
 彼の言葉に私は飛びついた。
「イワシミズさんは日本人なんですか!」
「まあ、うん。片道切符の出向社員だけどね」
「日本はどうなってるんですか、あの学校とか!」
「大丈夫。落ち着いて。向こうは向こうで大丈夫だ」
「あっちに友達いるんです!」
 イワシミズさんは、微笑んだ。
「そうか。でもまあ、多分大丈夫。戦争もあった。大地震も結構あった。それでもなんとかやってるからね。日本って国は」
 来た道を見るような顔をした後、そして、また口を開いた。
「そっちはそっちとして、僕も僕の仕事をしないと、大事な人を悲しませてしまう。これからちょっと、過去に戻らないといけないんだ。僕の弟子を、可愛い弟子を助けないと」
 イワシミズさんは歩きながら私の肩を叩いた。
「人が行き来する、交流できるくらいまでこっちと向こうの距離は近づいている。あとは君の頑張り次第だ」
 それはとても魅力的な言葉に聞こえた。私とフジエダさん、モリマチさんとカケガワさんは手を取り合って喜んだ。私も! とかいってシズオカさんが混ざってくる。

 次に見たときにはイワシミズさんとハママツさんの姿はなかった。
 来たときと同じような、唐突さだった。

シミズ篇