第五話
「イタチ」

希望世界 エルス ・清水の外れ

 大きな木に掴まったまま、デカイタチは私たちの顔を覗き込んだ。歯など強そうなのだが、あんまり怖くはない。まれに人を殺すようなデカイタチもいるという話だが、このデカイタチはそういう風には見えなかった。そもそも共通語を使う者を殺すようなデカイタチはデカイタチの警察に処罰されるらしい。こっちにはイタチゴッコという言葉があって、イタチは全般に人間や巨人の真似をする傾向があった。
 もっとも日本では、いたちごっこという言葉が全然違う意味で使われていた。双方が無益に同じ事を繰り返すという意味でいたちごっこと言うらしい。こっちではそういう事を、小妖精みたい、という。
 ともあれ、おじいちゃんであろうデカイタチは降りてきて前脚を組み、私たちに喧嘩はいかんと説教した。
 説教の内容はまったくもってその通りなのだが、ちょっと複雑な気分だ。親や先生に怒られるならともかく、デカイタチに怒られることは、ちょっと恥ずかしい。
「だって、フジエダさんが、この娘が言うんです。この地は良くないって」
 恥ずかしさに耐えかねて私がそう言うと、フジエダさんは怒った。
「引きこもりになるのも分かると言ったんだよ! だって霧ばっかりじゃん」
 そう言い放ったが言い訳になってない。というか、それは悪口だ。睨むとデカイタチは片目をつぶって、こらこらと言った。
「まあ、水に強い毛皮がないと確かにそうなるのは分かるが、この地も捨てたものではないんじゃぞ」
「デカイタチさんよく言ってくれました。どんどん言ってやってください」
 私が言ったらフジエダさんがわめいた。
「ずるい! 子供の喧嘩にデカイタチ呼ぶなんて!」
「呼んでませーん。だからセーフでーす」
 私たちの口論は、デカイタチの右前脚と左前脚で引き裂かれた。具体的には首根っこを掴まれて、引き離された。デカイタチはイタチの割に難しい顔をしている。
「大声を出すもんじゃない」
 そのまま私たちを背に乗せて、するすると大木に登った。黙るように言われて黙っていると、木の下を陶器兵が歩いて行った。高速道路を作る際に皆壊されたと思っていた。前の戦争で戦闘騎に並んで大量に使われた兵器だ。
「チルに、オズルか」
「まだいたんですね」
「倒しても倒してもどこからか来る。道ができてスルガの兵が来ても状況は変わらん。霧がなければ戦闘、戦闘じゃよ」
 誰が陶器兵なんて作っているんだろう。セラミックの装甲も焼成は簡単じゃない。工場とか使わないで絶技で生成するなら、なおさら大変なはず。
「霧って陶器兵にも意味あるの?」
 フジエダさんはいいことを言った。それは確かに私も気になる。
「使われている目はわしらとあまり変わらんようだの。つまり暗いのも明るいのも駄目だし遠く過ぎても良く見えんらしい。霧なんてもっての他じゃな。おかげでなんとかなっている」
「中に人がいたりして」
「それが肉はないんじゃよ。食える敵でないと、やる気がでん」
 デカイタチは共通語を使わないものには獰猛な狩人としての本性を剥き出しにするが、そういう弱点もあるらしい。畑を守ろうとする人間とは、ちょっと違うところだ。

 ともあれ足下をうろうろする陶器兵を尻目に、私たちはデカイタチの背に乗って動いた。するすると動くデカイタチは器用にも音らしい音を立てずに動いた。木の上にはイタチの道が作られていて、方向こそ違うものの、安全に進むことができた。
 なるほどデカイタチはこの数年で、道を真似たらしい。
 木々の枝を渡り続けて2時間ほど。安全のためとはいえ、眠くなってきたところで不意に風景が開けた。
 木の上にデカイタチの街がある。大きな木々を繋いで足場をくみ上げ、建物を建てて枝を組み、枝と葉で天然の天井を作り上げていた。高速道路の近くにこんなものがあるとは NEFCO ネフコ もびっくりだろう。

「ここもまたこの地じゃよ」
 デカイタチはそう言って私たちを下ろした。
「ここで時間を潰すといい。なんなら宿もある。料理は自分でせんといかんが肉屋もある」
 そう言ってデカイタチは去って行った。デカイタチのイタチゴミに紛れてしまって、もうどのデカイタチが私たちを助けたのか分からなくなってしまった。
「えーと、どうしよう」
 私が言うと、フジエダさんは私を見た。
「どうしようって」
「今日は泊まりね!」
 特に何もしていないモリマチさんが元気よく言った。確かにそうなりそうではあるが、モリマチさんが言うと違うって気になる。
「そうなるかもしれないけど、デカイタチのお金なんて持ってないわよ」
「デカイタチってお金まで使うんだ」
 フジエダさんは目を丸くした。
「いや、分からないけど」
 そう返したら睨まれた。
「そんな目で言うけど、デカイタチの事なんて知らないもの」
「シミズさんが引きこもりだからいけないのよ」
「じゃあ引きこもりじゃないフジエダさんはどうなの? デカイタチの事知ってるの?」
「知らないよ!」
「喧嘩しても始まらないわよ」
 ホバリングしながらモリマチさんがそう言った。確かにそうなのだが、モリマチさんが言うと大いに違うって気になる。
 いや、小妖精に説教されるような私たちが駄目だ。小妖精と言えば、役に立たないものの代名詞ではないか。私は眼鏡を指で押した。
「確かにそうね」
「そうそう、シミズさん前向き! それに比べて……」
 モリマチさんが悪そうな笑顔でフジエダさんを見た。私もフジエダさんを見る。
 フジエダさんが顔を赤くした。
「ちょ、それじゃまるで私が悪い娘みたいじゃん!」
「悪い娘じゃないんですか」
 私が言ったらフジエダさんは本格的に怒った。単純な人は動かしやすい。ともあれ今日はこの町、木の上の清水で泊まる。