第四十九話
「戦闘騎」

希望世界 エルス ・掛川城

 薄暗い上に古い木の匂いがする城の中、私は感極まってフジエダさんに抱きついた後、手を握って何度も振って、それからお礼を言おうとカケガワさんの姿を探した。
「それでカケガワさんは?」
「人質なの。私たちを穴にかくまって、皆入りきれないくらいの穴で、それで……」
 ますますカゲガワさんはいい人だった。正直本当にすまなかった。メンドーサとか言ってごめんなさい。皆がそう言ってたから自分もそうだって言うのは、とても愚かだったことに今気付いた。
「まあ、人質は食事出来てたみたいだから、どっちが良かったのか分からなかったけどね。この数日、水と塩だけで生きてたの」
 あっけらかんとフジエダさんは言う。そうは言うが、カケガワさんが無体なことをされてないとも限らない。なんとか無事でいて欲しいけど。
 頭上で音がする。私はフジエダさんを見た。
「一人で動ける? いや、モリマチさんつれて、だけど」
「カケガワさんの所にいくの?」
「うん」
 私がそう言うと、フジエダさんは胸を張った。
「私も行く」
「駄目だよ。まだ危ないかもしれないし」
 私が言うと、フジエダさんは何か大事な事を思い出したような顔をした。
「そういえば、どうやってここまでこれたというか、助けてくれたの? というか、ごめん、最初にこれ聞くべきだったよね」
 空腹で頭が回っていないのだろう。私は首を振って微笑んだ。無理に微笑んだ。
「大丈夫。えっと、なんかすごい男の人が来て」
「男! 珍しいね。え、どこどこ。いや、そもそも人間!?」
「人間。まあとにかくその人が敵とか味方とか吹き飛ばしはじめて、それで隙を見てこっちに来たの」
「え、その男の人大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うけど」
 その辺り、少し自信が無い。なにせ初対面だったし。でも優しそうな人には見えた。やっていることはただの暴力だけど。
 あれ、大丈夫じゃないのかな。いや、でもカケガワさんには返しきれないくらいの恩がある。
 私はおっかなびっくり上の階へ行くことにした。フジエダさんにモリマチさんまで着いて来ている。
「モリマチさん大丈夫? 頭痛そうだけど」
「この数日、頭が痛くて……あの日、この城に入ったくらいで調子が悪くなってカケガワさんに看病してもらったの」
「この城、人間以外だと調子悪くなるんだって」
 モリマチさんはびっくりの顔。普通に身体の不調と思っていたらしい。小妖精らしいといえばらしい話だ。
「そうだったんだ!」
「うん」
 エオミスさまは知っていたのだろうか。知ってはいたんだろう。やっぱり泣きついて色々聞けば良かった。自分の未熟さを痛感する。
 上の階におっかなびっくり上がると、そこにはカケガワさんたち人質と男の人と日本の古い服の人がいた。それなりに広い場所とはいえ、戦うとなるとどうだろう。視界の片隅には伏して舌を見せる戦闘騎の姿がある。ひどい怪我をしている様子。男の人がやっつけたのだろうか。いや、それにしては怪我が古いように見えた。血も飛び散ってない。
 おそらく、ここに至るまでに怪我をしたのだろう。日本の古い服の人、ナガシノと言われていた人の飼い戦闘騎で、怪我をしてここに逃げ込んだのではなかろうか。しかし人間にとってここはどうってことのない場所だが、戦闘騎にとっては毒の沼地のような場所だ。立ち往生してしまったのではないだろうか。
 顔だけ少し出して様子をうかがっていたら、カケガワさんと目があった。小さく手を振り合う。
 無事そうだ。よかった。となると、あとはあのナガシノさんと男の人だ。
 男の人と比べてナガシノさんは息が荒れている。手にしているのは日本刀に見えた。銃を使えばいいのに、とは思うのだが、使えない理由があるのかもしれない。

「退いて逃げた方がいいと思います」
 男の人がのんびりと、ナガシノさんにそんなことを言っている。自分から押しかけておいてひどい言い草のような気がするが、ナガシノさんは、ちょっと笑った。
「そうもいかない。それに、私が負けると決まったわけでもない」
「戦う意味が無いと思うんだけどな」
「私にとって、戦うのが意味だ。生きている意味、存在する意味だ」
「不健康ですよ」
 ナガシノさんは斬りかかった。男の人は軽く動いて避ける。避けられるんだ。あの速度の斬撃を。舞うように、というには品がない動きだが、必要十分の動作だ。
「お前に何が分かる!」
「分からないから尋ねているし、感想も述べているんですよ」
「うるさい、うるさい」
 ナガシノさんは一人で盛り上がっているように見える。男の人は 辟易 へきえき しながらも回避を続けていた。ヌマヅさんみたいに一撃でやっつけることをしないあたり、何かあるのだろうか。
 しかし、盛り上がっているはずのナガシノさんは、口調はともかく、目や動きは盛り上がってないようにも見える。空腹だからか。……いや!

「後ろ、戦闘騎が!」
 私が言った瞬間に怪我をして動けなかったはずの白い戦闘騎が突如男の人に襲いかかった。
 鈍い鐘の音がして、床がきしむ。戦闘騎がぎゃいんとかそういう音を立てて地に伏した。同時にナガシノさんも男の人のつま先で胸を強打されて倒れていた。挟撃しようとしたところを勢いを利用して逆にやられたらしい。
 男の人は軽くため息をつくと、頭を掻いていた。どうも意に沿わぬ結果だったらしい。