第四十七話
「交流」

○元現実世界・静岡県静岡市葵区

 デカイタチのランディ氏は駐車場でメガホンを両手で持って首をかしげた。
「一個ええやろか。その人随分昔に死んだはずなのに、なんで生きてるように話してんねん」
 木林が目を大きく見開くのを余所に、 石清水 いわしみず は口を開いた。
「ところが僕たちの”今”だと、生きてるんですよ。ランディ氏は未来から落ちてきたらしい」
「ほんまかいな。イタチ騙そうたって……」
「でも、僕の場合騙すより倒す方が楽なんです。そうでしょ」
 デカイタチは髭を震わせて恐怖を表現した。
「人間怖い」
「いや、例えばの話ですから」
 あー、と石清水は頭を掻いた。向こうに行きたい。いってスルガさんの寿命をどうにかしたい。どうすればいいのか分からないけど行きたい。
 うなっていたら上空をヘリが飛んできた。自衛隊のヘリコプターに見える。低い高度だ。
 おお、とうなる間もなく旋回している。着陸する気だろう。 NEOPASA ネオパーサ のほとんど全部にはヘリポートがあって、大規模災害や急病人の緊急搬送などに備えていた。
 まさにそれが今活用されようとしている。

 石清水はヘリポートに近づき、人が降りるのを待つ。ヘリ一機で避難民をどうにか出来るとは思えないが、心強さといえば雲泥の差だった。数名でも兵士を置いてくれればと願った。
 違った。出てきたのは NEFCO ネフコ の幹部である岩井だった。石清水もがっかりしたが 木林 きばやし も同じ様子だった。むしろなんでやってきたという感じである。状況変われば人の反応も変わるというやつだ。

 岩井はローターを止めないヘリから降りて石清水を連れ出した。かなりの早歩き。急いでいる。
「実際に君たちが揃っているのを見ると驚くばかりだ」
 人目のつかぬ所まで走ると、岩井が微笑んでそう言った。石清水は大丈夫かこの人と本気で思うような穏やかな顔だ。しかもデカイタチにも驚いた様子がない。なんだこの人。
 いや、僕の前提がおかしいのかもしれない。石清水は即座に考えを立て直す。ボケが斬新でツッコミが止まりそうになっていたが、これは。
「岩井さん、未来の向こうから落ちてきたんですか」
 石清水が言うと、岩井は微笑んだ。
「いや、それが違うんだ。僕の娘がね。まあ、今から7年前に落ちてきた。楽しい毎日だった。僕とかみさんには過ぎた毎日だった」
「つまりこれも、起きることが予告されていたわけですね」
「そうなるね」
 岩井はそう言った後で、石清水を見た。
希望世界 エルス で我々が建設したのと全く同じ高速道路が出来た。戦乱によって遠く離れた世界と世界の距離が今また、急速に近くなりつつある。既に高速道路を通じてあっちこっちにワールドタイムゲートが開いて世界と世界が膨大な情報をやりとりしている」
「どこでツッコむか悩んで良いですか」
「そんな時間はもうない。等価交換なんだ。僕の娘がこっちに落ちてくるとき、こっちから向こうに誰かが行く。幻想とこっちで交流が行われて情報が補完される」
「誰が行ったんですか?」
 石清水が言うと、岩井は石清水に微笑んだ。
「いや、今からなんだ。今から辻褄が合う。君が行くんだ」
「いやいや、実は僕妻帯者で」
「そこのヘリに奥さんはいる」
「いや、なんで僕が」
「そんなのは世界に聞いてくれ」
「なるほど。それはそうですね。いや、どうせ送るなら腕のいいお医者さんがですね。欲しいんですけど。僕とかじゃなく」
「君が行くんだ。いや、君が何故か落ちるんだ」
 石清水は「えー」と言った後、安物の腕時計を見た。
「あと、何分後ですか」
「5分だ」
「これから日本は、大丈夫なんですか」
「戦争も大地震もなんとかやってきた。今度もなんとかする。君は日本がなんともできないことをやる。やることになっている」
「なるほど」

 石清水はとりあえず奥さんの所に走った。
 ヘリのローターは止まって奥さんが颯爽と立っている。さすがだ。おそらく状況を聞いているはずなのに。僕より平気そうだとは。
 思えば僕より生活能力があって凄い人だと思っていた。大した人だ。結婚決めたのも僕が弱っていたからと言う。
 いい奥さんだ。なんで……。

「話は聞いた?」
 石清水の奥さんは腕を組んで笑って言った。
「はい」
「信用出来るって思う?」
 奥さんから言われて、石清水は空を見上げた。雲が真円に途切れている。
「信用はしてませんけど、向こうでちょっとやりたいことが、一つ」
「私はそうね、半分くらいは信じられなかったけど、半分は信じちゃったわ」
 奥さんは変顔でそう言って、優しく笑った。
「いつかはこうなるって思ってた。心の傷が治って、空っぽになっていた器に何かが満たされたら、 速澄 はやすみ くんがどこか遠くに、矢のように跳んでいくと」
「そんな男に見えます?」
「見えるから結婚したのよ」
「それ、良くない選び方ですよ」
 石清水夫婦は笑い合った。
 笑ったまま、奥さんは口を開いた。
「次があったら別の基準で選ぶわ。行ってらっしゃい」
 石清水は頷いて上を見た。昼なのに星空が見えている。風が上に向かって吹き始めた。
 自分が浮いている。デカイタチが足に掴まった。
 上から見た奥さんはいい笑顔。
「そうだ。行くからには一番になってね。それだけ」
 石清水は笑った。
「頑張らせていただきます!」

 不意に石清水の視界が途切れる。