第四十四話
「石清水」

○現実世界・静岡県静岡市葵区

 九体目の 戦闘騎 せんとうき を殴り倒すと、 石清水 いわしみず は面白くもなさそうに頭を掻いた。
 繋がらないはずのものが繋がって、この頃現実がおかしくなってしまっている。
  希望世界 エルス から次々と化け物が姿を見せていた。
「相互に送りあえるのは情報だけ、という話だったんだけど」
 独り言もむなしい。警察、消防、自衛隊。誰でも良いから早く来て欲しい。
 顔をあげて、山を見る。このあたり、新東名高速道路が通るかなり内陸よりの土地である。
 戦闘騎が現れたとき、石清水は独自の判断で避難民を集めてこの場所に籠もった。車は戦闘騎のいい的であり、この数日で何百も転がされ、あるいは破壊されてしまっている。かえって徒歩のほうが小回りが利いて生き延びる確率が高かった。それでそのまま山の中に籠もっている。連絡を取るために大胆に動きたくはあるが、避難民を守る必要もあり、石清水は身動き出来ないでいた。

 要するに、未曾有の事態というわけだ。石清水は頭の中で事態を総括した。現実が壊れた。残念だ。次からタイトルに元現実世界と入れて貰わないといけない。なんのタイトルかは分からないが。
 岩に腰を下ろして箒のような草が揺らぐのを眺める。足が重い。石清水は疲れていた。実に笑えない状況だ。せっかく、 NEFCO ネフコ やめてもう一度芸人目指そうと覚悟決めたところだったのに。
 こっちも大変だが向こうというか希望世界は大丈夫かなぁ。足をぶらぶらさせながら、石清水はスルガさんを思った。奥さんとも同じ日数だけ会えてないが、そっちについては心配していなかった。正直僕より、生命力が強い。強すぎてドン引きだ。いや、だがそれがいい。

 いやーしかし参ったな。秋も深まりいい行楽シーズンなのに、どうしてこうなった。答えを知るためにもNEFCOだか希望世界だかに連絡を回復させたいが、ロードパンサーすら置いてきてしまっている。つまり現状は、お先真っ暗だった。まあ、自分で発電して明るくするしかない。
 皆元気かなと思いつつ、立ち上がる。音がする。背の高いススキのような植物の間から大きな顔が見えた。戦闘騎とは似て否なる顔。
 まあいい、殴ってしまえば皆同じと大変な事を考えて石清水が構えると、出てきた顔はぎゃーと悲鳴をあげた。
「ぎゃー、人間!」
 化け物が人語でそんなことを言う。
 その発想はなかった。面白い。それで石清水は、殴ろうとする手を止めた。
 化け物は小さい耳で髭を生やしている。顔は長く、 齧歯類 げっしるい のよう。
「あの、見逃してくれへんやろか?」
「僕、怪しい関西弁見たら殺してもいいと習っていた派閥で」
「やめてあげて! 待て、待てぇ」
 化け物は前足を出して必死に首を振った。
「そうは言うても、人語はわしらからすると外国語と同じやから、デカイタチがちゃんと喋れへんでもそれは当然と違いますか」
「なるほど。しかし僕はですね。割と疲れてるし面倒くさいからとりあえず息の根を止めようかと」
「あんた戦闘騎かなんかか!」
 石清水は疑惑の目で化け物を見た。いや、あなたの方がよっぽど戦闘騎ですよねと言おうとして黙った。化け物は、何故か猛虎と書いてある法被を着てメガホンを胸から下げていた。
 タイガースファンなら、まあ、助けるか。
 石清水は割と本気でそう思った。当然巨人ファンだったら運命は一つしかない。あとオリックスファンは火あぶりだ。
「いや、人間ですがなにか」
「わしら人間よお見て来たけど、そこまで暴力的やないで」
「それは運が良かっただけだと思いますよ。で、なんでそんな格好で?」
 デカイタチは石清水が先ほどまで腰掛けていた岩の上に座った。尻尾を振る。
「それがどうも要領をえん話でな、わしら、アイドルコンサートを見ようと長蛇の列を作ってたんや」
「イタチなのに?」
「デカイタチや。デカイタチにもアイドルはおるんや、いや、それでな。ぱーと光ったと思ったら、見知らぬ山に。道を聞こうと話しかけたら戦闘騎はおるわ人間は攻撃してくるわで」
「なるほど、ちっとも要領をえない話ですね」
「殴らんといてな」
「まあ、そうですね。僕文明人なんで大丈夫です」
 デカイタチは遠い目をしたが、賢明なことに何も言わなかった。
 石清水は石清水で、顎に手を当てて考えている。デカイタチがアイドルで猛虎でメガホンなのはさっぱり分からないが、日本の文化に多少なりとも影響を受けているのは間違いない。交流があった異世界から来た、ということだろう。つまりはなんだ。希望世界から落ちてきたというわけだ。
「他に落ちてきたデカイタチはいないんですか」
「それがまったく。孤軍奮闘や」
「なるほど」
 しかしこのデカイタチ、石清水はまったく知らない生き物だった。希望世界の産と目星をつけたものの、NEFCOでは関連資料も見たことがない。NEFCOもしらない、いや、NEFCOの観察範囲は極限られているから、少し離れた場所に住んでいたらこのひょうきんな生き物にも気付かない可能性はある。
「困りましたね」
 腕を組んで石清水が言うと、同じく前足を組んだデカイタチが頷いた。
「困ったもんや」