第四十三話
「友達」

希望世界 エルス ・掛川

 ヌマヅさんの言う言葉がよく分からぬまま、私は日本の服の人を眺め続けた。
 箱を開けて何か怒鳴っている。
「耳も良くしてください」
 私が言うと、シズオカさんは、はいはいと、小さな声で歌った。急に声が聞こえてきた。

「約束を破ったか。人質を一人殺す!」
「ちょ」
 私が暴れるとヌマヅさんが面倒臭そうに私を持ち上げた。渋い顔をしていた。
「友達が!」
 私が言うとヌマヅさんは「はいはい」と頷いた。
「分かってる。交渉するから待ちな。私だって、一人と一匹相手に兵糧攻めなんてやりたくはない。手間も掛かるし、最後の方は面倒くさいからねえ」
「兵糧攻めしたら友達が!」
「だーかーらー、分かってるって」
 ヌマヅさんはそう言って。私を片手で持ち上げたまま顔を近づけた。人形みたいな扱われ方だ。
 顔を近づけたせいで一際大きく見えるヌマヅさんは笑っている。視界に入りきらないくらいの彼女の顔は、成績の悪い生徒を慈しむ先生みたいな表情だった。
「好きなんだろ」
「好きもなにも、友達ですし」
「なるほど。いいもんだね。友達ってのはさ。私はそういうのに恵まれなかったけど、あんたは幸せになれるといい。私は最大の努力をする。だから落ち着いて、黙って見てな」
「ありがとう……ございます」
 私がそう言うと、ヌマヅさんはもう一度にやりと笑って地上に降ろしてくれた。太い腕を組んで声を出す。
「分かった。私たちの負けだ。捕虜の顔を見せてくれたら食料と水を送る」
 さすが半巨人、本気で声を出すと足許の私まで揺れるほどの圧がある。
 日本の古い服を着た女の人は城に戻ると、石垣の上にある建物の窓に三人の人質を並ばさせた。
 知らない人、知らない人。それと、カケガワさん。フジエダさんもいないけどモリマチさんもいないのが恐ろしい。いや、奥にいるんだ。きっとそう。
 カケガワさんだけだったら気が楽なのに。いや、それも悪い考えだ。でも、ちょっとは本当に、そう思った。思ってしまった。
 自分の罪深さに自分でおののく。なんて悪い奴なんだろう。私は。

 それからは、持久戦になった。水や食料は送られたけど医療品はなし。送られた食料や水も四人で分けるには少なすぎるものだった。モリマチさんはいいにしても、フジエダさんには辛い状況だ。
 どういうわけだか、安全な場所にいて食事や飲み物に困らない私まで、食が細ってしまった。これじゃダメだと思うのだけど、食べると泣けてくる。
 困っていたらシズオカさんが絶技で栄養を補給してくれた。便利だな絶技。でも、それでもフジエダさんを助けられないなんて。

 状況が動いたのは二日経ってからだった。走ってきた人間の先触れによれば、吟遊詩人さんを連れてきたと言う。吟遊詩人さんのあの歌声と知恵、達者な言葉なら使者としてうまいこと取りなしてくれるに違いない。
 そう思ったら、違った。
 連れてこられた吟遊詩人さんは後ろ手に縄で縛られ、首にも縄が巻かれていた。身体と顔は傷だらけで服もボロボロ。足を引きずっている。綺麗な音色を聞かせてくれていた楽器はどこにいったのやら、姿形も見えなかった。
「ちょ、な、なんですかこれ!」
「いいから黙ってな」
 ヌマヅさんはまずまずの顔。
「黙るってなんですか!」
 私がそう返したら、シズオカさんが私を連れて離れた。
「シズオカさん止めてください。あの吟遊詩人さんは……」
「岡崎領主の妻、王妃の一人でしょ。何百番目かしらないけれど」
 それがどうしたんだと私はシズオカさんの顔を見た。私は何も分かってなかった。
 ヌマヅさんがまた大声を張り上げている。
「そっちが人質ならこっちも人質だ。ハママツはここだ。ナガシノとか言ったか。捕虜を全部寄越せ。話はそれからだ」
 駿河湾沼津と岡崎の戦いを、私は目の前にしていたのだ。それも、ずっと。私はフジエダさんとモリマチさんのことばかりが心配で、それ以外の何にも頭が回っていなかった。いや、どこかで聞いていたとは思うけど、自分が戦いに巻き込まれるなんて夢にも思っていなかったのだ。
 人間には関係ない、他人事。戦争。

 ヌマヅさんが指でハママツさんの背中を小突いた。
「ほら、何かいいな」
 ハママツさんは憎しみの目でヌマヅさんを睨んだ後、城を見た。城からナガシノさんというのか日本の古い服を着た人と見つめ合った。奇妙なことに笑い顔にすら見えた。
「終わらせて。もういい。もう、いいの。私はあの時からずっと終わってた。手が触れられないなら、こんなに苦しいなら、もうあの人に会わないでいいと思っていた。でも間違いだった。身体は生きていても、私の心は死んでいる。殺して」
 ヌマヅさんがハママツさんを殴ったのが見えた。
 ハママツさんが声を上げた。
「殺せ! それが救いだ!」
 聞いたこともない音が聞こえた。いや、近い音は聞いたことがある。アニメで聞いた。銃の音。
 遠くで銃を撃ったナガシノさんが、とても悲しそうに見えた。