第四十二話
「取引」

希望世界 エルス ・掛川

 私はヌマヅさんの所に戻って吟遊詩人さんの話をした。この人を連れてきて欲しいという無茶な願いだった。でもその時にはそれが一番の案のように思えたのだった。
「吟遊詩人だって?」
「はい。この人なら物知りなんで、なんとかいい考えを出してくれると思います」
 ヌマヅさんはしばらく考えた。
「そいつはどこに?」
「フジエダです」
「なるほど。そういうことかい。分かった。連れてこようじゃないか。よく話してくれた。領主から多少の金が出るだろう」
「いえ、それほどでも。まだ友達は助かってないですし」
 私が笑うとヌマヅさんも笑った。良かった。ヌマヅさんが話の分かる半巨人で。
 すぐに半巨人の一人が夜通し走ってくれることになったけど、逆に言えば睨み合いが続くらしい。
 仕方なくヌマヅさんの傍、天空巨人の椅子と家のひさしが合体した独特の建物の近くで寝ることにした。椅子の下なら夜露も雨も防げるし、上々と言うところだ。ヌマヅさんもシズオカさんも、これについては何も言わなかった。
 横になって考えたのは、高速道路のこと。夜に安全に走れるということは凄いことに思えた。おかげでフジエダさんが助かるかもしれない。
 目をつぶって寝たふりをして、どれくらいか。空が明るくなってきたので起きてヌマヅさんの近くに走った。ヌマヅさんは往来の真ん中でいびきをかいて寝ている。さすがの半巨人というところだが、私の心は心配ばかりだった。
 フジエダさんとモリマチさんは無事かなあ。あと一人いたけど。
 少し考え、フジエダさんが暴走しないことを願った。カケガワさんとフジエダさん、どっちも危ない感じがする。モリマチさんが止めてくれればいいのだけど。
 眠っているヌマヅさんの傍でおろおろしていたら、道路の上に矢が落ちてきた。石畳の上で跳ねて転がっている。矢には紙が結ばれていた。
 私はこれを知っている。なんだっけ。そう、矢文というものだ。友達が冗談で言っていたのを思い出した。
 矢を持ってヌマヅさんを起こしに行く。起きている他の半巨人の人に話しに行くには抵抗があった。悪いとは思うのだけど、他に手もない。
 大きな身体を揺らすとヌマヅさんは片目だけを開けた。
「なんだい、一体」
「矢文が飛んできて」
「ヤブミってなんだい。絶技かい」
「いえ、絶技が使えない人たちの連絡手段です」
 ヌマヅさんが起き出した。あぐらをかいて紙を指先でつまんで見る。首を傾げる。3秒で私に返した。
「よく考えたらあたしは文字が読めなかった」
 よく考えないでも良いのではないかと思ったが、ともあれそれで私が読み上げることにした。
「人質に無体なことはしないが食料と水と衣服が不足している。届けられたし」「取引のつもりかい?」
「取引してください!」
 ヌマヅさんは難しい顔をしたが、結局受け入れてくれた。頭を掻いている。
「細かいことはどうだっていいと思うけど、まあ、見事な踊りではあったしね」
 歌はダメだったか。いや、ではなく。
「お願いします。お願いします!」
「分かった分かった。いや、分かっている。はぁ。手間のかかる」
「すみません」
「いや、手間が掛かるのは敵の話さ」
 食料を届けるのは人間だった。むしろ、人間しかあの城に近づけないのだから当然だ。沢山の箱を2本の棒の上にのせて、10人ほどの女の人が運んでいった。
 どうなるのか気になって、もっというとちゃんとフジエダさんの所に食事が届くかどうか気になって、私は数歩城側に近づいた。そこで首根っこを掴まれて引き戻された。
 ヌマヅさんが呆れている。
「だから、あんたがいても意味がないってね」
「でも……」
「見てな」
 ヌマヅさんは小さく歌を歌った。急に私の気分が悪くなる。目が回ったせいだ。慌ててメガネを外したら、遠くの城がまるで手の届く位置のように見えだした。

 目が、良くなった。
 しかし、はっきり見える世の中は素晴らしいと思うかというとそんなこともなく、かえってあちこちのあらが目についた。あんな所にゴミがあるとか、ひびが入っているとか、そういうのだ。
 頭を大きな指ではじかれた。ヌマヅさんが怒っていた。
「何やってるんだい。城見るんじゃなかったのかい」
「あ、そうだ。そうでした」
 見れば綺麗な日本の古い服を着た女の人が箱を開けようとしていた。
 あれが、敵。吟遊詩人さんというかハママツさんと並べたら良い感じみたいな綺麗な人だ。敵には見えない。
 そう思っていたら女の人は腰から剣を抜いて箱を突き刺した。
 箱から血が流れているのを見てびっくりする。生きた曳獣でも入っていたか。
 ヌマヅさんを見るとヌマヅさんは険しい顔をしている。
「簡単には勝たせてくれないか」
「え?」
「こっちの話さ。こうなったら吟遊詩人に頼るしかなさそうだね」