第四十一話
「涙」

希望世界 エルス ・掛川

 薄ぼんやりと見える掛川城は真っ暗で、灯りもなにもない。まあ、そもそも灯りは貴重品だ。薪だって集めるのは楽じゃない。
 フジエダさんの無残な死体を想像して倒れそうになるのを我慢し、私はヌマヅさんを見た。
「これからどうするんですか」
「半巨人がどこまで近づけるかだね」
 ヌマヅさんは走り出したが、すぐに戻ってきた。頭を抱えているのは痛かったせいだろう。
「ダメだ、近づけない」
 昔の人間は、とんでもないものを作る。というか、なんでこんなの作ったのよ。
 誰とも分からない日本人に歯噛みしながら……そもそも日本人なのかはおいといて……私はモリマチさんがばらばらになるところを想像した。
 あれ。
「小妖精は大丈夫なんですか? 普通にいましたけど」
 私が尋ねるとヌマヅさんとシズオカさんは顔を見合わせた。シズオカさんが口を開いた。
「人間よりは大丈夫じゃないと思うけど」
「半巨人や大妖精よりはいいんですね?」
「ええ。まあ、原理的には」
 シズオカさんはそう言った。言い方からすれば、実体験ではないらしい。
「城があるということはこれまで使われたんじゃないですか」
「戦争してない時期が60年もあったしねえ」
 つまり覚えてないということだろう。発言したヌマヅさんは腕を組んで難しい顔をしている。
「しかし、戦闘騎だって無事じゃすまないだろうに。追い詰められてたのかねえ」
「そうなんですか」
 少し希望が見えてきた気がする。戦闘騎の人の殺し方と言えば、無残過ぎるというのが一般だったからだ。同じ人間が相手なら、まだ大丈夫と思いたい。
 なんか泣きそう。
「大丈夫だって、人間や小妖精なんて殺しはしないよ」
 ヌマヅさんは気休めを言った。難しい顔をしているようなのは、つまりこちらも打つ手はないということか。
 戦闘騎がいないなら、私でもなんとかなるだろうか。うまくいく気はしないけど。
 いやでも。
「あの、私が行きましょうか。人間なら頭痛くならないし」
 同時に首を横に振られた。話にならないという様子だった。
「意味が無い。いや、というか、相手は一人とはいえ、これまで散々こっちを苦しめてきた敵だ。あんたじゃなんにもならないよ」
 ヌマヅさんは優しくそう言ったが、納得できないことばかりだ。
「苦しめるって、人間が、ですか」
「人間が、さ。岡崎の領主は戦い方がうまい。話じゃ何人もの妃を使って戦ってるって話だ」
「でも人間の妃なんだからやっぱり人間なんでしょ。なんか全然想像できないんですけど」
 運ばれてきた 大松明 おおたいまつ に照らされながらヌマヅさんは頷いた。難しい顔をしている。
「まあね。私だって想像できないさ。直接やり合ったわけでもないし。しかし結構な数の仲間がやられてるのは事実だ。どうにかしないとね」
「どうにかって」
「なんとか押し込めることには成功したんだ。殺すしか」
「殺すなんて!」
 発作的に言ったら、周囲の半巨人達から失笑された。笑わなかったのはヌマヅさんとシズオカさんだけだ。
「喧嘩はしても殺すなんて……」
「んー。まあ、あんたの言う事の方が正しいというか。まあ、子供じゃそうだよねえ」
「ヌマヅさんってそんなお年なんですか」
「あたしゃ23だ」
 かなりの歳だった。自分が20歳になるなんて想像もできない。ヌマヅさんは私の顔をどう思ったのか、頭をかいた。
「まあ、うん。ここは大人に任せて飯食って寝な」
「でも友達が」
「心配なのは分かるけど、この状況じゃしばらくはにらめっこさ。こっちは攻められない。向こうは逃げられない」
「フジエダさんご飯とか食べられるかな……」
「なるべく急いではやるから、まあ、待ってな」
 フジエダさんに頼むべきではなかった。涙が落ちた。せめて一緒だったら。
 泣いていたらシズオカさんが飛んで私を運んでくれた。掛川の入り口にある駐屯地。またここに戻ってきてしまった。
 シズオカさんは王冠を持ち上げたりかぶったりしている。何か言いたそう。
 思うに、持ち上げるのが「何か言おう」で、かぶり直すのが「思い直した」。そういうものなんだろう。
「あー」
 シズオカさんは肩を落とした。
「人間って不便だよね。身体の予備ないし」
 これで慰めているつもりらしいのだから、大妖精ってすごいと思う。私は笑ってあげなきゃと思いながら、涙を落とした。シズオカさんは上半身を左右に振って困った感じを出している。
「そのまま渇き死ぬまで待てばいいだけなのに」
「そんなこと言わないでください」
「いや、うん。なんか手を……思いつかないけど、なんとか考えるから」
 シズオカさんはそう言ったが、手はなさそうだ。
 いや、泣いているばかりじゃダメだ。私も考えないと。どうする。どうすればいい。
 こういうときに話の分かる人がいたら。
 唐突に私は吟遊詩人さんを思い出した。あの人ならなんとかなるかもしれない。そうだ。それしかない。
 私はシズオカさんの手を取ると全力で頭を下げた。
「もう一度ヌマヅさんの元へ連れて行ってください」