第四十話
「戦闘」

希望世界 エルス ・掛川

 シズオカさんは透き通った羽根を展開してふわりと浮かんだ。
 羽根は稼動しているように見えないから、浮かぶ力は別の何かから発生しているのだろう。そもそも羽根が飛ぶためのものなのかどうかも分からない。重力を打ち消すだけの力を発生させるなら、それよりもう少し力を足して好きな方に飛べるように出来るはずだ。羽根を使う必要が無い。前に飛んだ時、もう少し羽根を観察しておけばよかった。あの時は、そんな心の余裕がなかった。
 シズオカさんは難しい顔をしている。
「しかしまあ、ここは随分と汚い所ね。リューンがぐちゃぐちゃして気持ち悪い」
 リューンとは何かが分からないが、シズオカさんが苦手な魚や虫の話ではなさそうだ。
「敵は?」
「戦闘騎1、人間の女1」
「女が戦闘騎に追いかけられているのかい?」
「そうは思えない。聞いたことがないけれど、一緒に戦っているわ。よく分からないけど……ごめん、本当に分からなくなった。ぐちゃぐちゃの中心に入っちゃった」
「どこですか、それ」
 頭が痛いのか、シズオカさんは頭を押さえながら一方を指した。
「あっちかな」
 城の方向だった。
「あの、そっちにフジエダさんとモリマチさんが」
「え?」
 シズオカさんが顔色を変えた。目を一杯に開けた後、すぐに頭を押さえた。
「イタタタ」
「大丈夫ですか」
「大丈夫気持ち悪いのを痛覚変換してるだけだから。でも、向こうの様子は分からない。まずいわね。この荒れ方では絶技が使えない」
「遠距離から吹き飛ばせないのかい」
「却下、知り合いがいるの」
 私はヌマヅさんとシズオカさんのやりとりを聞きながら、日本の城がなんであるのかを理解した。絶技が使えない場所なら、あの城は城として機能するわけだ。
 つまり、まずい。大変にまずい。
 私は深呼吸した後、一気に事情を説明した。ヌマヅさんとシズオカさんが同時にびっくりした顔を向けたが、意味は伝わったと思う。
「なるほど。掛川も中の方には行かなかったからねぇ」
 ヌマヅさんはそう言って頭をかいた。人間を戦力として数える彼女も、それはあくまで補助戦力としてで、積極的に使うことは考えていなかったらしい。シズオカさんに至っては、全く分かってない様子だった。
「人間で戦うの?」
「人間が戦うんですよ」
 まあでも、大妖精の感覚から言えば、人間で、なのかも。
 シズオカさんは羽根をおさめて浮かぶのをやめた。指で王冠を回しながら考えている。
「意味あるのかなあ」
「でも絶技が使えないなら意味あるのではないでしょうか」
「まあ、城はね。でも城の周囲はそうではないし」
 極論包囲するだけで無力化できる、とシズオカさんは言った。言い方からすると殺さないでも押し込めればいいのだ、という感じ。大妖精と言えば残虐という感じだが、シズオカさんは違った。
 とはいえ、いずれにしても、私にとってはフジエダさんモリマチさんが危険地域にいるのが問題だった。城の役割とか力の強さとかはこの際どうでもいい。
 これ以上議論をする気にもなれず、私は背を向けて走ることにした。いてもたってもいられなかったのだ。すると後ろから手が伸びて空中に持ち上げられてしまった。ヌマヅさんだった。
「やれやれ、あんたが行ってもどうにもならないでしょうに。まあいい、アタシが連れて行くから、おとなしくしてな。戦闘には間違っても参加するんじゃないよ」
「ありがとうございます!」
 私はヌマヅさんの肩に乗って髪に掴まって移動した。長い道のりだったが、すぐに着く。着くはず。あれ。
 ヌマヅさんの脚が止まる。顔を覗き込むと夜でも分かる顔色の悪さだ。
 驚いていたら遠くからシズオカさんの声が聞こえてきた。
「早く戻りなさい。いくら体内のリューンが少なくても無理よ」
 シズオカさんは姿が見えないくらい遠くから声を掛けてきている。
「戻りましょう」
「しかし」
「人間なら大丈夫みたいですから」
「だから戦場だって」
「戦う音は聞こえていません」
 私はそう言ってヌマヅさんの胸伝いに降りようとしたが、存外高くて降りるのは勇気が要った。暗い中ではなおさらだ。それでも勇気を振り絞って飛ぼうとしたら首筋掴まれて撤退することになった。ヌマヅさんの気遣いはありがたいと思うけど、フジエダさんとモリマチさんが心配で仕方ない。
 ヌマヅさんと掛川の大通りを半ばまで後退するとシズオカさんが待っていた。
「落ち着きなさい。戦闘音は聞こえてない。となれば、少なくとも苦しみはなかったはず」
「なんでそんな酷いこと言うんですか!」
「シミズ、今のは酷いことじゃない。安心させるために大妖精さんが言ってくれたのさ」
 どこが、と言い返そうと思ったが、やめた。そう、そうだ。シズオカさんに悪気はない。それは知っている。冷静さを欠いているのは私の方だ。
 落ち着こう落ち着こうと、自分の指を噛んでいたら、シズオカさんが王冠を指で回しながら私の頭を撫でた。
「さほど悪い結果でなければ、生きているかも」
 優しさで言ってくれているのは分かるけど、それを優しさと思いたくない。私は顔をあげて城の方向を見た。
 暗い中ではっきり見えないけれどうすぼんやりと城がある。