第四話
「雨宿り」

希望世界 エルス ・清水

 しばらく歩くだけで靴下の中まで濡れるような霧の中を歩く。体が重いよとフジエダさんが言っているけど、実際服が水を吸っているので間違いではない。しかし、口に出しては言ってほしくなかった。余計重く感じる。
 元気に歩き出して30分くらいで、もう会話がなくなった。人間と小妖精には苦難の旅だ。モリマチさんの自慢話も終わったのでその意味では良かった。

「サッカーは雨でも試合するんでしょ」
 沈黙に耐えかねて私が言うと、フジエダさんは難しい顔をした。
「そうなんだけどね」
 それで、会話が終わる。日本の、 NEFCO ネフコ の技術指導で作られた高速道路は水はけが良くて、水溜まりもできにくい。煉瓦ではない不思議な材質、アスファルト舗装の道は水を吸い、水を流し、最終的には道の横にある側溝に流すようにしていた。さらにはまっすぐ道があるので、おかげで女子供でも、霧の中を迷わず歩く事ができる。
 こんな技術を気前よくくれた日本の良さを思う。なんであの人たちはあんなに親切だったんだろう。あるいは、だから滅んでしまったんだろうか。いい人たちというのは、さっさと死ぬ。私の父もそうだった。

「高速道路いいよね」
 フジエダさんがフジエダさんとは思えぬような事を言った。そう、そうなんだよ。
「だって、泥はねないしさ。服も汚れないし」
 微妙な感想だった。
「え、そこ、そこなの褒めるのは。もっと違うとこあるよね。例えば平坦さとか。勾配1000分の1以下なんだよ。1km進んで1mも勾配がないんだよ凄くない!?」
「ガツガツくるね。シミズさん」
「フジエダさんが分かってないのよ。この画期的な技術を。私は工学系だから土木については専門外だけど、分かるでしょ。これは凄いものなの」
「あ、あははは。うん。NEFCO凄い」
「日本凄いよ」
「あ、はい。日本凄い」
「よし」
 私は気力を充実させて歩き出した。今度は20分くらいは歩けた。平坦な道は素晴らしいが、3年引きこもっていた私には、割とつらい。
 私より体力のないモリマチさんはどうしているのだろうと思ったら、シミズさんの懐に収まって小さな傘を差していた。ずるい。とは思うが、体格が小さい故に仕方ない気もする。しかし雨ではない霧に傘は有用なのだろうか。そちらの方が気になる。

「シミズさん、なんか話してよ。退屈だよ」
 フジエダさんが軽い足取りで歩きながら言った。それは私の台詞だと思ったが、意外に喋るのもきつかった。眼鏡がずれる。
「もう、駄目」
「ちょ! シミズさん!?」
 私はあわや転倒というところで助けられた。
「何が駄目なのよ」
「歩き疲れ……た」
「え、いや、でも1時間は歩いてない、よね……」
 絶句されたが、体育会系のフジエダさんと一緒にしないで欲しい。あと、自分が不甲斐ないのは、分かっている。
「むぎゅぅ」
「むぎゅうって何」
 シミズさんの突っ込みが追いついてないが、声を上げたのはモリマチさんだった。フジエダさんの懐にいた彼女は、倒れかけていた私の胸に押しつぶされていた。

 それで、雨宿りすることにした。雨は降ってないけど雨宿りがあるのが霧深いこの地方の特性だった。もっとも、どれだけ雨宿りしてもこの霧は中々晴れない。
 元は半巨人だったであろう大きな木の下に座りこんで、前髪とリボンを絞りながら、シミズさんはため息をついた。
「シミズさんが鬱々としてた理由が分かったよ」
「悪口?」
「じゃなくて、こんなところじゃしょうがないって話」
 自分でもそう思うが、素直に受け取れなかった。
「やっぱり悪口じゃない。故郷のことを悪く言わないで」
 自分で悪口を言うのはいいが、他人から言われるとひどく腹が立つものだ。シミズさんは顔をしかめた。
「え、そこで文句言う?」
「フジエダさんだって故郷のこと悪く言われたくないでしょ」
「言われるもなにも、だって藤枝はいいところだもん」
 なにこいつ。
 私が取っ組み合いの喧嘩をしようかと思ったら、木の上から笑い声がした。するすると降りてきたのは戦闘騎の元になったともいう、大きなイタチだった。仮の日本名はデカイタチ。私たちは 大臭獣 だいしゅうじゅう と呼ぶ。5mほどの大きさだ。胴が長く、顔は愛嬌がある。冬毛は綺麗で昔は狩られていた時もあるというが、ちょっとぞっとしない。共通語で殺さないでとか懇願されるからだ。さすがに共通語を使う生き物を殺すのは忍びないということで、滅びずにいる。
 さらに名前の通り、逃げたり死んだりするときに大変な臭いを出す。1年は村全体が臭うという恐ろしいもので、それ故に狩られもしないが近づく事を嫌がられてもいた。
「喧嘩はいかんよ」
 デカイタチの、声からしておじいさんはそんなことを言った。
「オスだ。珍しいね」
 フジエダさんがびっくりした顔で私を見た。私は匂いを警戒して、ちょっと離れた。いや、1m離れたところでどうしようもないのだが。
「お嬢さん、大丈夫だよ。人間襲ったりはせんよ」
 デカイタチはそう言った後で、丸い目を少し回した。
「いくら腹が減っていても、共通語喋ってるのを食べるのはなぁ」
 向こうは向こうで、同じ事を思っているらしい。