第三十九話
「音」

希望世界 エルス ・掛川

 宿舎は思ったよりもずっと綺麗で、寝床の草もしっかり干してあるようだった。床で寝るよりはずっといい。たまに肌に刺さるけれど。大妖精のシズオカさんは草を見て顔をこわばらせると、そのまま外に逃げ出した。虫がいるかもと思ったのかもしれない。難儀な人だ。
 夕食は鳥を煮て汁にしたものだという。昔と比べて自然が回復し、随分と食べることが出来る鳥も増えたとのこと。鳥肉と交換で野菜も得られたということで、結構豪勢らしい。
 楽しみにしていたら、シズオカさんが室外から手招きした。
「なんですか」
「もっと虫のいないところにいかない?」
「いや、ここにも十分いないと思いますけど」
 しかしシズオカさん的には、なんだか怖いらしい。山をも吹き飛ばす大妖精なのに、魚はダメとか虫は嫌いとか、なんというか残念な人だ。シズオカさんは王冠を胸に抱いて、首をかしげた。
「ところで、あの小さいのは? 壊しちゃった?」
「モリマチさんを壊すわけないでしょう。友達ですから」
 ため息交じりでそう返して、少しの不安を覚える。確かに、歌を歌っていたら絶対寄ってきそうなのに、寄ってこない。
 フジエダさんがリフティングを止めて私を見た。
「カケガワさんが足止めしてるのかな」
 もの凄くありそう。
 外は暗くなりかけている。カケガワさんのところに行って連れ戻してくるかどうか、微妙なところだ。私が苦い顔をしていたら、フジエダさんが頭をかいた。
「私がひとっ走り行ってこようか」
 良い考えかもしれない。いや、でも。
「カケガワさんに捕まったら」
「自己中だけど、あれでいいところあるんだよ」
 とフジエダさんは言い出した。そういうものなのだろうか。私から見ると悪口しか出てこないような人なんだけど。
 ついていくかどうかで迷っていたら、フジエダさんから肩を叩かれた。
「分かってる。ついてこなくていいから。代わりに夕食確保しといてね」
「あ、うん」
 私がそう答えると、フジエダさんはウインクして走って行った。セクシー美女のつもりなんだろうか。横を見るとシズオカさんが、その手があったかというような顔をしている。残念な結論に至ったんだろうなと思っていたら、私を見てウインクしてきた。まあ、そうなるよね。
「どう?」
「そう言われましても」
「ちょっと、セクシーすぎた?」
 何言ってんだコイツみたいな半笑いで答えていたら、急にシズオカさんが耳を動かした。大妖精ともなると自分の耳を自分で動かせるのだなと感心したが、高校でも同じような特技を持っている男子がいた。いや、比べるのもどうかと思うけど。
「戦闘音。絶技詠唱確認」
 表情を消して言ったシズオカさんの声はそんなに大きくなかったけれど、ヌマヅさんが飛び起きてやって来るくらいには衝撃を伴っていた。
「ちょ、今、なんと?」
「言ったとおりの内容だけど。私が指揮をとるなら急いで散開して陣形を整えるかな」
「手伝ってくれないのかい」
「なんで?」
 シズオカさんはさすが大妖精という感じで、まったく分かっていない顔をした。大妖精は人間の心など欠片も持ち合わせていないとよく言われているけど、それはこういう表情と言葉から出るのだろう。私もびっくりだったが、物事の順番としてこういう態度の方を先に見ていたら、シズオカさんの印象はとても良くないものだったろう。
 今はどうかといえば、おそらく悪気がまったくないであろうことは分かっている。
 私はヌマヅさんが失望した顔をする前にシズオカさんとの間に入った。
「ここにいる人たちはいい人たちなんです。手伝ってあげられませんか」
 私がそう言うと、シズオカさんは呆れた顔をした後、頬を掻いた。
「いや、えーと、でもそうするとなんというかな。岡崎と駿河湾沼津の双方によからぬ政治的メッセージを与えることになってしまって、うーん。具体的には戦火が広がるというか限定的な武力行使が大規模武力行使にエスカレートして全面絶技戦を今更やるのもなぁという感じ。わか……らないよねやっぱり」
 シズオカさんは私の様子をうかがっている。
「日本語じゃない部分がちょっと分かりませんけど、シズオカさんなりの親切があるのは分かりました。でも……」
「でも、じゃなくてー」
 目に何か入ったのか、シズオカさんは目を瞬きしている。私が首をひねったら、後ろからヌマヅさんが顔を近づけて来た。
「秘密の援護ならするとか?」
「そうでもなくてぇー」
 あ、ウインクかと私は納得した。何か言いたいけれど言えない立場というやつかもしれない。昔高校で、お前特別頭いいんだから、友達づきあいするときはバカのふりも覚えておけとか言ってた先生が、ちょうどそんな顔をしていた。
 こういう時にはこれだ。行ってて良かった日本の学校。
「ヒントください」
 そういえば、ヒントって言葉は日本語由来ではないと、聞いたことがある。シズオカさんは王冠を落として転げそうになった後、華麗に戻ってきて私の顔に近づいた。睨んでいる。
「もーこれだから人間は!」
「でも人間なんです」
「それもそうか」
 もとより話の分かる大妖精なだけに、シズオカさんはあっさり納得した。
「まあ、そうね。シミズさんとかフジエダさんが死にそうとか、私が攻撃受けたら介入できるかも」
「そうならないようにしたいんですけど!」
「だからぁ」
 シズオカさんが怒り出す前に、ヌマヅさんがまた口を開いた。
「そういう”てい”にしたいってことだろ」
「まあね。今のは他言無用よ」
「分かった。アタシとしては先代領主の頼みで住民被害を減らしたいだけだ。細かい事はどうだっていい」
 そう言ったヌマヅさんは大層格好よかった。