第三十六話
「掛川城」

希望世界 エルス ・掛川

 それで、宿を取ることになった。
 ヌマヅさんを当てにしていたのに自分で探さないといけない。これが大変そうだった。高速道路で行き来が増えたにせよ、宿はそう多くない。むしろ、なくてもおかしくはない。街での野宿はしたくなかった。治安が悪くなると追い出されてしまうおそれがあるからだ。
 宿はないかと巨人の椅子の下の通路を歩く。日差しが傾き始めているのが陰で分かった。
「急いで宿を探そう」
 と言っても、とりあえずは道を歩くしかない。宿なら看板があるだろうから、それに賭けるしか。
 足早に歩いていると、通りの向こうで巨人の脛が見えた。談笑も聞こえるので、椅子に腰掛けておしゃべりでもしているのだろう。話の内容が気になるが、宿が優先だ。
 まったくフジエダさんは手間が掛かる。まあ、引きこもりだった私はもっと手間が掛かっていただろうから、文句をいうのはやめにした。
 歩くうちに城が見えてきた。それも、日本の城みたいだ。しかも古い。少なくとも数百年は経っている感じだった。
 フジエダさんと顔を見合わせる。
「これ、日本の城じゃない?」
「掛川城でしょ。授業で習った」
 そう言ったフジエダさんはドヤ顔をしている。
「よく覚えてましたって、ここ、日本じゃないから」
 私はそう言って走った。フジエダさんも追いかけてくる。というかすぐ追い抜かれた。
モリマチさんが不思議そうな顔で飛んでくる。
「宿は?」
「いや、宿より日本の手がかりでしょう」
 それも特大の手がかりだろう。心がざわめくのを感じた。

 近寄った城は思ったほど大きくはなかった。でも石垣はしっかりしている。天守閣よりもしっかり周辺施設が作られているのが驚きだ。見たことのない構造からして、これは日本のものだろう。日本は大昔から土木建築技術に優れていたらしい。
 しかし、不思議だ。城が戦闘用途に使われるのは知識として知っているけれど、だからこそ不思議。この作り込みは本当に戦闘で使うつもりのよう。
 どうやって? 私は石垣を指でなぞりながら不思議に思った。こんなの絶技一つで吹き飛んでしまう。巨人が大きな岩を投げても同じだろう。莫大な手間をかけて作り上げる意味があるようなものには見えなかった。城という意味からして平和な時代に作られたものでもないだろう。
 私はぐるぐる回るようにして坂道を上がって天守閣に向かった。直線ではすぐなのに、意外に時間がかかる。狭い道もあれば妙に開けた場所もあり、私には正確な意味が分からないけどこれらも戦闘用だという感じだった。
「大昔は人間も戦っていたというけれど……」
「人間なのかなぁ」
 モリマチさんがそう言った。飛びながら白い壁に触れている。
「屋根瓦は落ちてないし、瓦の重さで傾いてもいない。地震対策で絶技は使われていると思う。それに瓦は遠州森町でもつい最近量産が軌道に乗ったくらいだからかなり技術的に高度なの。だからこれは多分」
「絶技で?」
「うん。絶技で作ったような」
 モリマチさんはそう言いながら首をかしげた。モリマチさんも不合理に感じたらしい。
 遠くで私たちを呼ぶ声が聞こえる。
 見ればフジエダさんが天守閣の上からちぎれんばかりに手を振っていた。いや、自慢したいのは分かるけど、どうやったの。

「泊まってもいいだってー」
 いや、そういう話なのか。というか、ここは宿だったのか。観光宿? まさか。
 むしろ山賊の根城とかの方がありそう。いや、でもそれはないかな。エオミス様もいるし、ヌマヅさんもいるし。
 息を切らして天守閣の下まで来ると、気の弱そうな娘さんがフジエダさんと一緒にやってきた。

「シミズさん……だよね?」
「ん?」
 まるで私を知っているかのよう。私はメガネのつるを持ち上げて娘さんを見直した。
 可愛らしいとは思うけれども、覚えはない。
「あの、どな……た?」
 私が言った瞬間にシミズさんとモリマチさんが「ないわー」という顔をした。となれば二人も知っているらしい。高校の同級生だったということだろう。いやでも。知らないのは知らない。覚えてないものは覚えてない。
 私は胸を張った。
「私に勉強以外を期待しない方がいいです」
 一斉に殴られた。一番きつかったのは、くだんの娘さんだった。涙目をしている。
「私だよ! 本当に覚えてないの!? ヒドイ! こっちはシミズさんがぽっちゃりしててもちゃんと分かってあげたっていうのに!」
「ぽ、ぽちゃだと……女の子に言ってはならぬ事を!」
 私は即座に殴り返そうとしてフジエダさんに止められた。モリマチさんが手で大きな×を作って周囲を飛んでいる。モリマチさんを潰してはいけない。
 それで睨んだ。まあ、チャンスを見て殴ろう。さもなければ背中から蹴る。
「で、この人だれ」
「カケガワさんに決まってるじゃん」
 フジエダさんが名前を言ったが、正直覚えてない。私が遠い目をしていると、カケガワさんらしい娘さんが膝を折って地面に突っ伏して雑草を抜き始めた。
「ひどいひどいひどい」
「いや雑草に当たらないでも」
「私の気持ちは雑草以下なんですか!?」
 面倒な人だ。それで記憶が思い出された。
「メンドーサ・カケガワ!?」
「後半はあってますけどメンドーサってなに?」
「あ、ごめん、友達同士でつけてたあだ名だったかも。面倒だからメンドーサ」
 謝ったのにカケガワさんは怒った。火を噴くように怒った。小さいのに怒ると怖い。