第三十二話
「畑」

希望世界 エルス ・掛川周辺

 空は忌々しいくらいの青空だった。大きな雲も出ている。雷雲なのは見れば明らか。こっちに来ないといいけれど。
 偵察に行ったモリマチさんはほどなくして、慌てた様子で舞い戻ってきた。
「何かいた?」
 フジエダさんの質問に頷くので、慌てて陶器兵の股の下から逃げ出した。陶器兵が敵の攻撃に対応して動いたら、踏み潰されてしまう。
「どんな敵?」
「ううん。ここからじゃ見えないけど、低い木の畑がある」
 敵じゃなくて良かった。
 低い木の畑ってなにかは分からないが、距離からして掛川が畑を広げているのだろう。しかしここまで畑が伸びているとなると、随分な面積になるはずだが、どうなんだろうか。日本のように機械力があるわけでもないのに、大きな畑を持つというのは、ちょっと労力的に信じがたい。あと水の問題もあるし耕作に向いた土地の問題もある。

 不思議に思いつつ高速道路を降り、森を抜ける。確かに急に開けて見渡す限りの低木があった。木々は行儀良く並んでいるし、世話に使うための道も完備されているので畑というのは間違いない。しかし、実がなっているようには見えなかった。どんな実がなるんだろう。
 探してみると近くに休憩所と思われるような場所があった。草が刈ってあって、小石もよけてあるような円形の場所だ。中心にはたき火の跡があって、腰掛けるための切り株もいくつかあった。
「ここ使っても大丈夫だよね?」
 フジエダさんの質問に、私は頷いた。
「薪とか使わないなら、大丈夫だと思う」
 むしろ、火を使うならちゃんとした場所で使った方がいい。不始末が少なくなる。
 私たちは腰掛けて、保存用に持ち歩く煎った豆と、一度ふかした後天日で干した穀物を食べた。穀物はお湯に入れて戻して食べる。そんな暇もないと口の中で戻して食べる。最悪歩きながらでも食べられるけど、可愛くないのでやらないようにしていた。
「どんな花が咲くのかな」
 小妖精らしい感想を、モリマチさんが言っている。食事はしないで単に私の頭の上で寝転んでいた。髪の毛が若干引っ張られている気もするが、落ちるよりはいいと思う。
「それにしても背の低い木だね。幹がまがっているようでもないし、実もならないかも」
 フジエダさんが鋭いことを言う。確かに、故郷の村になる果物の木は果物の重みで枝や幹が曲がるのが常だった。そうなってないということは、この木は実がなっても小さいものなんだろう。こんなに広大な面積に植えているわりに、いやだからこそこうなのかも。木一本あたりの収穫量が少なければ、沢山植えるしかない。
 掛川は新しいところって聞くし、大変なんだろうなあ。

 それにしても、付近に水場がない。川もないけど湧水もない。井戸もない。この木は水が少なくても大丈夫、ということなのだろう。耕作に適した場所がないからと藤枝では段々畑を作っていたけど、こちらでは耕作に適してない場所でも育つ作物を作っている。隣街なのに食糧確保に対するアプローチが全然違って面白かった。
 高速道路が出来た今なら、そういう風にはならないだろう。どっちが勝つかは分からないけど、おそらくは一番いい一つの方法で統一されてしまうに違いない。あるいはもっと簡単に、遠くの耕作地から食料が運ばれるようになるだろう。
 何気なく見ている風景も、一時のものかもしれない。高速道路の利用者が増えて、十年、あるいはもっと短い時間で各地の特色は消えてしまうだろう。便利と引き換えに。
 そう考えると、やっぱり高速道路って、凄い。地域のありようを変えてしまうんだから。それどころか高速道路のおかげで地域間の広域的な繋がりが可能となるわけで、そうなれば大きな、国と呼べるものだって生まれるだろう。
 いや、逆なのか。支配種族である大妖精は空を飛んで、本来道を使わない。だからこの地には道がなかった。道がないから道を必要とする人間は弱かった。道は人間の立場を向上させるのかも。
 凄い物を見た気になって頭がくらくらした。悪い癖だ。ふくらはぎは張っているけど、もう数kmなら普通に歩けるだろう。それともこのまま、畑を横目に歩いて行こうか。
 少し考えて、結局高速道路に戻ることにした。畑があるからって集落にちゃんとつけるかは自信がなかった。それぐらいなら、高速道路の方がいい。

 水筒の水をケチりながら飲んで、出発。モリマチさんもフジエダさんも、元気な様子。私だけが疲れているようだった。気を遣わせているなあ。
 フジエダさんは小走りに走っていって、またこっちに戻ってくるような意味不明な行動をしている。暇、なんだろうけど。
「先に行ってていいよ」
 私が言うと、フジエダさんはううん、と元気に笑った。リフティングしていた。
「別に急いでないしね。それに、こうやって走ってたら、ぽんと日本に落ちたりして」
「いきなり落ちないでね。向こうの状況だって分からないし」
「大丈夫大丈夫」
 フジエダさんは笑って言った。まあ、確かに現実的にはありえないような確率だろう。でもちょっと、残されるのは嫌だと思ってしまった。