第三十話
「喧嘩」

希望世界 エルス ・藤枝
 気の進まぬまま二人で歩いている……いや、一人は飛んでいるけど、ともあれ歩いていると、向こうで固く閉じられた戸をばんばん叩いているフジエダさんが目に入った。
 私の方を見て、もの凄い顔でそっぽを向いている。
 なーにが向こうも謝りたがってるよ。素晴らしい歌に惑わされて騙された。
 振り返ってどっかに行こうとしていると、背中から声がかかった。
「何? 朝食欲しさに戻って来たわけ? 残念ね。私も食事抜きにされたところよ!」
「誰が食事なんか」
 いや、食事は重要だけれど。私はそう返した。向こうが歯を剥き出しに言うものだから、私も歯を剥き出しで言った。
「というか、怒られたの。ふふっ」
「はぁ? そっちだって吟遊詩人から追い払われたみたいじゃない」
 なんだこいつ。フジエダさんの憎たらしさと言ったら、最悪だった。
「追い払われたんじゃなくて、謝れと言われたの」
「私の正しさが証明されたわけね!」
「バカなの? 間抜けなの? 事情全部話した上で、友達は大事だよと言った吟遊詩人さんが偉いのよ!」
 私とフジエダさんが互いに顔を殴るのは同時だった。やめてよとモリマチさんが金切り声をあげているが、そうそう収まるものでもない。こっちが一発殴ると向こうも一発殴るからだ。一発多く殴らせるくらいの慎み深さがあれば喧嘩も収まるものを。
 さらに殴り合ってたら、モリマチさんが絶技の歌を歌い出した。それで、やめた。彼女がまたバラバラになったらたまらない。
 モリマチさんはべそべそ言っている。
「もうやめてよ。なんで喧嘩するの?」
 小妖精は記憶力が悪い。いや、モリマチさんは良い。モリマチさんは他種族のこと信用しすぎというフジエダさんの酷い言葉を覚えている上でそんなことを言っているのだろう。でも私は納得しない。私が正しい。
「フジエダさんが他種族のこと信用しすぎと言ったから。モリマチさんだってシズオカさんだって、ヌマヅさんだって、種族が違うってだけで差別されていいわけない」
「私はそんなこと言ってない!」
 フジエダさんがそんなことを言ったので、私は睨んだ。
「言った。凄い言った! モリマチさんが横にいる時言った」
「言ってない……モリマチさんには言ってない。友達まで含めてそんなこと言うわけないでしょ」
「じゃあ言葉を選びなさいよ」
「うるさいわね! 誰も彼もがあんたみたいに勉強第一じゃないんだから!」
「逆ギレか!」
 私とフジエダさんは再度殴り合った。いや、取っ組み合いになった。そしてすぐにやめた。モリマチさんがまた絶技を使い始めたからだ。おかげで決着もつかずににらみ合うことになった。
「逆ギレバカ女」
「メガネデブ」
 互いでにらみ合う。モリマチさんには悪いけど、頭突きよりも言葉の方が痛い。さらに喧嘩の理由が喧嘩になってしまっている。
 向こうもそう思ったか、黙って睨むだけだった。

 気まずい沈黙が続く。
 沈黙に耐えかねて口を開こうとしたら先にフジエダさんが喋り出した。私の勝ちだ。
「言っておくけど、本当に朝食とかないから」
「まだ言ってるの、そんなこと」
 またにらみ合いになる。表情からして向こうが腹を立てているのが分かるが、それを言うなら私もだった。
「吟遊詩人さんは謝れとか言ってたけど、騙された」
「それを言うなら私は謝るまで家に入れないと言われたけど、シミズさんなんかに謝る気ないし」
 私とフジエダさんは期せずして頭をぶつけ合った。頭突きだった。小妖精には悪いけど、やっぱり人間には、これがあってる。しかし絶技は使われたくないから、勝負は一撃、一発で決める。互いに目配せしてそう決めた。それで互いに殴り合おうとしたらモリマチさんが間に入ってきた。非力な人間の一撃とはいえ、小妖精だとぐちゃっといくかも知れない。私とフジエダさんは慌てて拳をぶつけあった。危ないところだった。
「そこまでして喧嘩止めないで!」
 フジエダさんが言った。私もそう思う。大妖精同士の喧嘩は世界が滅ぶし半巨人同士の喧嘩は家がいくつも吹き飛ぶ。でも人間はそうじゃない。
「なんで喧嘩するのぉ、お姉さん悲しいぃぃぃ」
 空中でじたばたしてモリマチさんが泣いて主張した。壊れやすい小妖精に説明するのは難しい。私たちが私たちであるように、小妖精も小妖精だ。違いはある。
 でも、絶対に私が正しい。それでも信用しあえると思う。
 とはいえ、私が正しいとすると小妖精の喧嘩をやめてというのを無視するのは悪い、という事になる。種族の違いを超えるというのは大変なことだ。フジエダさんもそういうことが言いたかったのかもしれない。言葉が悪いけど。
「分かった。フジエダさんが日本語をもっと勉強するなら喧嘩やめる」
「シミズさんが私の心を悪くとるのをやめるなら喧嘩やめる」
「誰が悪く取るって?」
「日本語勉強しろとかマジで言ってんの」
 やはり殴り合いがいると思ったらモリマチさんに泣きながらぽかぽかされた。フジエダさんと交互にぽかぽかされた。
 互いに舌打ちして喧嘩をやめる。同じ種族でも仲良くなるのは大変なのだから、フジエダさんの言う事も少しは理があるのかもしれない。まあ、認めないけど。