第三話
「出発」

希望世界 エルス ・清水

 旅をすることに決まったら、気持ちが急に落ち着いた。自分がやるべきことが分かったからだと思う。
 客観的に見てできっこないと思うけど。でも、やる。ダメだったときの事は考えない。
 それでいくことにした。友達にまた会うことは、それくらい大切だ。

 意を決して母に言ったら、送り出してくれることになった。揉めると思っていたから、これはちょっと、驚きだった。くそばばあとか思って、悪い事をした。
「あの。ごめん、なさい」
「ううん。きっとこうなると、日本に行っちゃうと思っていたから」
 そう言った母は、私の記憶より、ずっとやつれていた。
 私のせいだと思ったら、急に泣けてきた。いや、泣いた。それでも、旅はやる。酷い娘だと思う。
 後ろでモリマチさんがホバリングをしながら、腕を組んで苦い顔をしている。
 フジエダさんはバツが悪そうな顔をして、リフティングすらしていなかった。サッカーバカの彼女にしては驚くべきことだ。
 涙を拭いて、眼鏡をかけて、私は二人の前に立った。

「いくわよ」
「急がないでもいいんじゃない?」
 モリマチさんがそう言った。
「もう3年も、ゆっくりしたから」
 私がそう返すと、もう反対はなかった。

 意を決して、その2。外に出る。思えば3年で外に出る事は数えるほどしかなかった。暗い室内に慣れ過ぎて、立ち込めている霧すら眩しい。顔をしかめてしばらく待てば、3年前よりは多少マシになった村があった。
 大きな道ができているし、人も、息を潜めるように生きているようには見えない。雨具を着て農作業をしている。道を守るスルガの兵士の姿も見える。半巨人の女兵士。
「高速道路ができて、随分変わったね」
 私が言うと後ろの二人がずっこけた。モリマチさんに至っては空中でずっこけた。
「今さら言う?」
 フジエダさんは二度と開けないであろう我が家の扉に掴まりながら言った。
「だって……あんまり、外出てなかったし」
「問題だよ、それ」
 そんな事は分かっている。

 ともあれ、小娘一人と小妖精一人でも、なんとか歩いてこれる程度に道はできているらしい。なんと頑張れば2日で隣の町へ移動できるとのこと。

 凄い。と思う。これが、道の力というものか。この力を日本は私たちに伝えたかったのだろうか。
「もう帰りたくなった?」
 耳元のモリマチさんの言葉を無視して、私は歩いた。
「別に。どこに向かって旅しようか考えただけ」
「まさかさらに旅に出るとは」
 額にボールを乗せて歩きながらフジエダさんがそう言った。
「フジエダさんは帰ればいいじゃない」
 そう言ったら、睨まれた。
「また喧嘩する?」
「そっちが仕掛けてきたんでしょ」
「まあまあ」
 モリマチさんが私とフジエダさんの間を飛びながら、仲裁した。
「せっかくだから、道歩こうよ。高速道路」
「どっちに行くかって話」
 私はそう言って、 NEFCO ネフコ から聞いていた話とここ最近の話を合体させて整理する。東には道路を作ったスルガの領主が住む 駿河湾沼津 するがわんぬまづ がある。領主は日本との窓を探すために道を作ったという話だ。その話がもし本当なら、東に行っても何も得られない。
 では、西はどうか。西に行けば藤枝。掛川を挟んで遠州森町がある。フジエダさんやモリマチさんの出身だから、そこに”窓”があるならもう見つかっているだろう。
 となれば、さらにその西、浜松より西は戦争地帯だった。私たちというか、人間と小妖精が生きていける環境とは思えない。
 結論としては、東に行っても西に行っても駄目っぽい。どうしよう。
 悩んでいたら、自信満々の顔でホバリングしているモリマチさんがいた。ふんぞり返って空中で一回転しそう。
「行きたいところに悩んでいるなら、お姉さんにお任せよ!」
「どこにしよう、フジエダさん」
「まずは東じゃない?」
 モリマチさんが空中で暴れだした。小さいので可愛らしい。
「喧嘩してたじゃない!」
「いや、そうなんだけどさ」
 フジエダさんが困った笑顔で言った。私を見る。
「まあ、そうなんだけど」
 小妖精の提案に良かったことは一つもないと人間では言う。しかしそれを言えば、モリマチさんが頬を膨らませてしばらく口をきいてくれないのは分かっていた。それにこんなに体格差があると、喧嘩もできない。
「んー。そうだねえ。じゃ、モリマチさんの意見はどう?」
「掛川行くのは?」
 掛川というのは西の、遠州森町と藤枝の間に挟まれた場所だ。日本には観測点というか NEOPASA ネオパーサ があった。しかし。こちらでは村があったなんて聞いたこともない。
「あそこに人いるの?」
「いるわよ。最近入植がはじまったの」
「最近かぁ」
 道ができると街ができるものらしい。道というものは、思った以上に力を持っている。
 考え込むふりをしながら、私はフジエダさんとアイコンタクトした。
”掛川どう?”
”まあ、小妖精にしてはいいんじゃない?”
”じゃあ、それで”
 私とフジエダさんは一時休戦してモリマチのお姉さんに笑顔を向けた。
「じゃ、そうしようか」
 モリマチさんが喜んだのは言うまでもない。歩きだしたらずっと自慢話をして、それはそれでうざかった。