第二十六話
「吟遊詩人」

希望世界 エルス ・藤枝

 藤枝というのは、その名の通り藤の木で一杯だった。地域で大切に栽培されているらしい。
 あれ、藤はマメ科の植物で木じゃないんだっけ。もっと勉強しておけばよかった。モリマチさんは藤の花の蜜を楽しんだあとは花飾りを作ってその身を飾っている。ドレスみたい。飛びながらくるくる回って私に向かって微笑んでいる。彼女が元気になって本当によかった。
 見れば藤の蔓が乾かされている。編んで家具にしたりするのだろう。日本でも藤は同様の使われ方をしていると聞いたことがあるような気がする。あれ、違ったっけ。いけない。なんというか、機械とか工学とか物理以外はかなり適当な覚え方をしている気がする。
「この季節だけは花の匂いで満たされるんだ」
 私にはさっぱり分からない事をフジエダさんは言った。匂いなんか、全然分からないけど、まあきっとそうなんだろう。普段はどんな匂いがするのやら。
 そういえば彼女の髪飾りは藤の花が象られていた。この地では藤は特別な意味を持つに違いない。
 物珍しそうに周囲を見ながら歩いていたら、撤去されないまま斜めに地面に突き刺さった石の柱が目に入った。撤去されないというか、撤去できないほど深く突き刺さっているのだろう。戦前の構造物は今の刃物などでは傷を付けられない。工業ダイヤモンドを絶技か何かで量産したいところだ。もちろんダイヤモンドでも破壊できない可能性はある。
 柱には黒い陶器兵に通じる意匠がある。もう少し調べたいと思ったら、フジエダさんに引っ張られた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない? 何吟遊詩人なんてガン見してるのさ」
 フジエダさんは苦い顔。確かに、柱の前に綺麗なお姉さんが一人立っている。 曳獣 えいじゅう の皮の服を着た、今時ボタンのついてない服だった。あー。10年と言わず昔は私もあんな感じの服だった気がするが、今はもう着る気にはなれない。可愛くないし、手入れが大変だし、何より重い。
「いや、柱を見てたんだけど」
「シミズさんはそういうつもりかもしれないけれど、吟遊詩人はそう思わないからね」
 フジエダさんが言っている傍から吟遊詩人は背中に回した楽器を鳴らし始めた。こうなるとお金を出さないとなんか悪い感じになってしまう。私は無視して通り過ぎられるけど、フジエダさんはそうでもないらしい、肩を落とした。
「言わんこっちゃない」
 フジエダさんと私の顔の間に、下からモリマチさんが飛んできた。腕を組んで、我に秘策ありという様子。
「アイドル活動の勉強と思えばいいんじゃない?」
 まあ、小妖精の秘策なんて、こんなものだろう。凄い秘策とか使われたら壊れちゃうかもしれないし、これくらいでちょうど良い。私は笑って、一曲聴くことにした。まあ、一曲ならそんなに塩も掛からないだろう。
 吟遊詩人さんは帽子を少し揺らすと歌を歌い出した。歌い出しの1音目からわたしたちとはレベルが違うのが分かった。あ、うん。分かってたけど、本物、凄い。
 どれくらい凄いかと言えば、聞く者が全員足を止めて、作業する音が段々少なくなっていくくらい。フジエダさんは目を見開いたまま動きをとめている。んー、女の子としてどうなんだろう。モリマチさんは吟遊詩人さんの方へ飛んで、踊ったり伴奏したりしていた。
「う、裏切り者ぉ!」
 急に動き出したフジエダさんを羽交い締めして曲を聴く。凄いおねえさんだった。一部の曲は日本の歌だった気もするが編曲が入っていて定かではない。あ、気づけば5曲くらい聴いてる。一曲だけ聴いて逃げ出すことを忘れていた。
 これ聴いて騒げるフジエダさん、ある意味凄い。
 吟遊詩人さんが楽器から手を離すと、急に拍手が鳴り響いた。拍手がうるさいのは街が息を潜めて吟遊詩人さんの歌を聴いていた証左ではないだろうか。私は感動して吟遊詩人さんのところへ駆け寄った。この人にアニメの主題歌とか歌って欲しい。
「凄い歌でした」
「そう? ありがとう」
 吟遊詩人さんは帽子を取って頭を下げた。中にどんどん塩だの食べ物などが入っていく。凄い。いや、音を記録する装置を作りたい。メガホンとかああいう子供でもできるやつじゃなくて、録音装置。それも絶技とかじゃなくて、人間でも普通に聞ける形で残したい。
 吟遊詩人さんは帽子が一杯になると再度頭を下げて袋に戦利品を入れて歩き出した。二杯目だって余裕でいけそうなのに、そうしないあたりが素敵だった。私は小さい子みたいに吟遊詩人さんの後ろを歩こうとしてフジエダさんに羽交い締めされてしまった。さっきの復讐らしい。
「お前まで裏切るかぁ!」
「いや、裏切るも何も、勝負にもなってないよ、フジエダさん」
「修行よ! 修行するんだよ!」
「まあ、日本との交流が回復したらね。それよりちょっと、吟遊詩人さんが行っちゃう!」
「あんなの駄目よ。歌がうまくてスタイルが良くて顔が良くて人あたりがいいくらいじゃない!」
「で、フジエダさんは、どこが勝ってるの?」
 フジエダさんは怒りだした。私をそのまま押し倒そうとする。危ないと思ったら左から人が入って来てグーでフジエダさんを殴り倒していた。びっくりするような本気殴りだった。あんなパンチ、私ぐらいしかやらないはず。知らない人がやったら即戦争という勢いだった。パンチした人を見るとフジエダさんによく似ている。あ、親族か。なるほど。お母さんらしい。
「このバカ! 暴力は駄目だって言ってるでしょ!」
 このめちゃくちゃな論理展開は確かにフジエダさんの親族だ。
「あ、この娘の母です」
「あ、はい。分かりました」