第二十五話
「藤枝」

希望世界 エルス ・藤枝

 掛川に向かうために高速道路をひたひたと歩いている。西の方を包むような雨雲が見えて、そっちに向かっている格好だ。この分なら雨も降るかもしれない。
 特に会話もなく歩いていたら、あっという間に10km以上を歩いていた。頑張れば今日のうちに掛川にいけるかもしれないという。
 でも私は頑張れる気がしなかった。この分じゃ掛川についても日暮れくらいになってしまう。そこから宿探し、食料探しとなれば大変だ。決して私が楽をしたいからじゃない。本当に。
「きょ、今日は藤枝までにしない?」
 私が言うと、フジエダさんは少し考え、にこっと笑った。
「いいよ」
 名前の通り、フジエダさんの実家は藤枝にある。そこで色々補給も出来るだろうという話だった。清水から旅立った私と違ってフジエダさんは藤枝から一度清水に行ってまた戻ってきている分、食料などを多く消費しているはずだから、これは彼女にとってもいい話らしかった。モリマチさんは寄り道大好きな小妖精なだけあって、すぐ賛成した。
 ともあれ宿の心配をしないでいいのは歩く距離が短くなることの次くらいに素敵なことだ。私は喜んで、そして頑張って歩く事にした。
 隣をのしのし歩いているヌマヅさんに、藤枝に立ち寄る事を告げる。
 私が見上げる先の顎と鼻というか、ヌマヅさんはちょっと笑った。
「悠長な話だね」
「疲れをしらない大地巨人と一緒にしないでください」
「いや、つまんないギャグには疲れるけどね」
「ギャグ、ですか」
「いや、気にしないでいい」
 ヌマヅさんはそう言って、人間とは比べものにならないくらい大きな手をひらひらと振った。さらに言葉を続ける。
「あたしたちはそのまま、掛川にいくよ。そっちでは数日逗留するから、なんなら遊びにおいで」
「宿とか探す時に手伝ってくれたら嬉しいです!」
 生きているうちに迷惑をかけろ、というのは人間の合い言葉だ。私の申し出にヌマヅさんは笑った。
「いいけどね。でもまあ、私らも仕事してるからね。宿に泊まったが最後、 簀巻 すま きにされて市場に売られるようなことはないと思うよ」
「怖い話しないでください」
「数年前までは、よくあったのさ」
 ずうずうしい申し出で怒らせたのかと思ったが、そういう風でもなかった。

 さらに一時間歩く。正午過ぎにヌマヅさんたちと別れて高速道路を降りた。烏帽子形山と京塚山という二つの山の先に藤枝の村がある。この二つの山のおかげで戦争中、絶技で海が陸地を呑み込んだときも、どうにか人が生き残ったとのこと。
 今は山の上から見ないと分からないほど海岸線が後退しているが、かつて海に呑まれた場所であるのは、すぐに分かるくらいに海の匂いがした。木々も立ち枯れ、草も少ないのは土が塩を含んでしまったせいだろう。畑にするには良さそうな土地なのに、もったいない。あ、今私、もったいないなんて日本ぽいこと思った。
 塩を含む土地を避けて、山に畑が作られている。段々畑だ。山の中腹、7合目までが畑になっていて、水を運ぶのが大変そう。現に昼すぎなのにまだ働いている人がいた。
「もうすぐだよ」
「もうすぐじゃないなら倒れそう」
「シミズさんてば弱すぎ」
 フジエダさんは呆れ気味、黒い陶器兵に命令して私を運ばせた。
「この子にも名前つけてあげないとねえ」
「14号とかでいいんじゃない」
「いや、そこはもう少し優しい感じで」
 私は黒い陶器兵のフェイスマスクを見上げた。髑髏というのもどうかなという気がする。
「顔とかも変えたいかな。このままじゃ痩せすぎだから」
 フジエダさんも黒い陶器兵を見た。
「痩せるというか骨というか。どうするの?」
「粘土と木があればなんとか造形は直せるかも。あと塗料。墨とか」
「粘土と墨ならあるかも」
「ありがとう」

 急に植物の種類が変わる。海水が到達していない場所に出たのだろう。村は確かにすぐらしい。すぐに藤枝の村が見えてくる。
 藤枝は綺麗な藤色の村だ。日本の藤とほぼ同種らしい樹木があって、これが綺麗な藤色の花をつけるのだった。長く伸びる枝のために棚が作られて、これまた日本みたいになっている。
「綺麗なところだね」
「そう?」
 そう言いながらも、フジエダさんはまんざらでもない顔。単純な奴。
 戦前からある古い建物が並んでいるが住んでいる人はいなさそう。その脇に木の板で家が作ってあった。家の形がなんか変というか、一部不自然な形をしている。色も何か塗ってあるのか、少し黒っぽい。
 眺めていたら使われている板材が元々船板だという事に気づいた。見れば戦争の時に流されていたのか大きな船の残骸が乗り上げていて、それが解体されて家に再利用されているようだった。なるほど。
「なんで新しい材木使わないの?」
「長年塩水浴びている材木の方が丈夫なんだよ」
 フジエダさんの解説に、へぇ、となった。フナクイムシとかどうしているんだろう。こっちで生まれ育っておいてどうかと思うけど、日本とこっちを比較する限り、生き物はだいたい似る。日本のフナクイムシに似たものがこっちにもあるはずだ。
 モリマチさんは花だと喜びながら麦の茎というか、ストローとともに飛び立った。藤の花に蜜なんてあるのかしら。