第二十一話
「案」

希望世界 エルス ・静岡

 日本にこそ自分の居場所があると思っていた私は、日本との接続が途切れたと聞いて長いこと家に引きこもっていた。
 私の居場所、私の大事なものが根こそぎ奪われたと、そう思っていた。だから絶望していた。
 でも、そうではなかった。僅かだけど、クラスメイトもここにはいて、日本の痕跡である高速道路もある。ついでに家には親もいた。失われた物が大きすぎて、私は全部駄目だとそう思い込んでいた。
 今はどうだろう。
 今は違うと思っている。フジエダさんやモリマチさんが私の事を噂に聞いてやってきてくれて、それで私は、希望というものを思い出した。大人は駄目だというけれど、だからといってあきらめたりはできない。大妖精から駄目だと言われてもだ。日本の土を一度だって踏んだことはないけれど、そこには私の大部分が、今もある。

 シズオカさんは、モリマチさんのように空中でホバリングしながら首を傾けた。
「技術的な確認ってどんなの?」
「ご存知とは思うんですが、 駿河湾沼津 するがわんぬまづ の領主は高速道路を建設しています」
「別に改まって言わなくても。先代の領主のことでしょう? それで?」
「あれって、さっき聞いた話の逆じゃないかと思うんです」
「逆……?」
 シズオカさんはさらに首を傾けた。王冠が落ちそう。腕を組んで、少し考えている様子。
「んー。どういうこと? 私の見てないアニメかなにか?」
「いえ、これは絶技とか使えない人間の想像なんですけど。つまりですね、向こうからこっちに落っこちてくることがあるのなら、こっちから向こうに落っこちるのもありかなって」
 駿河湾沼津の先代領主は、日本との連絡が途絶えた後に日本とほぼ同じ形で高速道路を作っている。これはつまり、日本に行きたかったのではないだろうか。おそらくはその人も、日本に大事なものを置いたままにしているのだと思う。
 シズオカさんは鈍器で殴られたような顔をしている。実際、ちょっとよろけた。
「確かに日本にはリューンなんてないけれど。え、嘘、窓とか門とかなしで!? 何それ、それでも大妖精!? 呼吸するように絶技使うのが私たちでしょ」
 なんと言えばいいのか分からなくて私は顔を赤くして考え込んでいるシズオカさんを見た。王冠を私に渡して両手で頭をかきむしっている。
 突如私を見た。
「とんでもなく頭悪いけど。ありかもしれない」
「頭悪いんですか」
「悪いと思うなぁ。だって、日本じゃ道は交通手段。そのついでの怪奇というか、現象でしょ。でも今度は、向こうに落ちるのが目的。世界を移動するためだけにどれだけの手間を掛けるんだか。それも絶技でちょっと作るとか、そういうレベルですらない。リューンは限られているんだから」
「道路建設には半巨人や小妖精や人間も手伝っています」
「そうみたいね。なんかこう、皆可哀想」
「可哀想、ですか」
「だって日本に行くためにそんなに他種族を巻き込むなんて……」
 私の知る限り、かつての戦争で、大地がめためたのぐちゃぐちゃになってどの種族も大変なことになっているのは大妖精たちが争ったからだと聞いている。でもシズオカさんの言葉は、そんな感じではなかった。さらに自分を領主という風に任じてもいなさそう。
「高速道路は役に立ってるよ! 友達のところにも行けたし!」
 少し離れたところでフジエダさんが両手をあげてそう言っている。モリマチさんもそうだそうだと言った。
 シズオカさんはフジエダさんとモリマチさん、それに私を見た後で腕を組んだ。
「無理矢理でなければいいのかなー。まあ、ともかく、効率についてはもの凄く悪いし運任せだけど、できなくはないと思う」
「できなくはない、ですか」
「誰がどう落ちるのか分からないし……そもそも駿河湾沼津の先代は消滅しているらしいし」
「でも、可能性はあるんですよね。私、それに賭けます」
 フジエダさんとモリマチさんが走ってきた。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「そうだそうだ」
「じゃあ二人はどうするの?」
「私も賭けるよ!」
「私も!」
 フジエダさんとモリマチさんは八重歯を見せて言った。おい。じゃあなんで文句を言った。
 シズオカさんもあきれた様子。
「そこまでしてアニメの続き見たいんだ」
 違った。方向性が違った。
「いやいやいや、オタクはシミズさんだけだから」
 フジエダさんがさらに混ぜっかえした。
「黙れリア充! 貴様にオタクの何が分かる!」
「リア充というのは彼氏がいることだもん。だから私はリア充じゃない」
 フジエダさんはオタクには理解出来ない見解を口にした。
「リア充はリアルが充実してればいいんじゃない?」
 多分一番正しいことをモリマチさんが言ったが、私は既にフジエダさんの顔面に拳を叩き込もうとして逆に投げ飛ばされていた。
「皆はアイドルなんじゃなかったの?」
「兼業だよ兼業!」
 また適当な事をフジエダさんは言っている。私は立ち上がった。
「私は違いますけど。とにかく、日本に行きます」
「具体的にはどうやって?」
 シズオカさんの質問に、私は胸を張った。
「それは今から考えます」
 シズオカさんは笑った。楽しそう。
「じゃあ、私も仲間になろうかな」
「本当!?」
 フジエダさんは嬉しそう。シズオカさんは笑った。
「通信用の道具渡すから、面白そうなことあったら呼んでね。飛んでくるから」
 旅の仲間かと思ったら通いだった。これだから空を飛べる種族はいけない。