第二十話
「答え」

希望世界 エルス ・静岡

 遠く、虫の鳴き声だけがする。これから夏に向かって、どんどんうるさくなるだろう。
 私は小さな王冠をずらして頭を掻いているシズオカさんを見た。支配種族とは思えない、言葉に困った感じだった。説明を続けるかどうか、悩んでいる顔。
 フジエダさんはまだ意味が分かってなさそうだし、モリマチさんはニコニコしている。小妖精にありがちな、よく分かってないけど笑顔は絶やさないやつだ。小妖精は大体それで世間を乗り切ってる。あるいは乗り切ってないけどあんまり気にしてない。
 だから。
 シズオカさんが説明するか悩んでいるのは私を気遣っているんだろう。シズオカさんは変な支配種族だ。人間を気遣っている。
 いや、支配種族というのも人間が勝手につけた解釈なのかもしれない。小妖精と同じだ。色々な人間がいるのに小妖精や大妖精ではそれを認めていない、ということなのかも。
 そういえばこの城にも、その付近にも人間はいない。シズオカさんは支配なんかしていないのだ。というか、ぼっちだ。
 虫がうるさい。

 私は肩を掴まれて前後に振られた。眼鏡が落ちたらどうするんだ。フジエダさんが揺らしている。
「どうしたの?」
「倒れそうだったの。貧血ならそう言ってよ!」
 貧血を申告して倒れる暇があったら倒れてない。いや、そもそも貧血でもない。手足が冷たい。
 シズオカさんが説明をやめて別の話をしそうなのが分かった。
 手を掴む。シズオカさんがこっちを見る。眼鏡がずれて像がぼやける。モリマチさんが私の眼鏡が落ちないようにホバリングしながら支えてた。違う。違う。どんなに悪い事でもちゃんと聞かないと対処のしようがない。
「説明を続けてください。お願いします」
 時の流れが、急に早くなった気がする。
 シズオカさんは少しだけ困った顔。私の顔を見て心配しているのは明らかだ。
「でも」
「どんなに悪い事でもちゃんと聞かないと対処のしようがないんです」
「それ、アニメの台詞じゃん」
 フジエダさんが言ってはならぬことを言った。
「うるさい。実際いいアニメだったの」
「あ、もしかして黒い髑髏の騎士がスポットで」
 私は護衛の陶器兵を見上げた。そういえばシズオカさんがオタクだったの忘れてた。
「ええ。まあ」
 私がそう言うと、シズオカさんは少しだけ考えて説明を再開した。
「それで、どこまで話したっけ」
「道路経由で人が落ちてくると」
「うん。そうなの。それで封印を施したんだけど、毎回向こうが凄い道路を作ってきては人が落っこちてきて」
 フジエダさんが嬉しそうに手を上げた。
「その封印を解いたんだよね」
 シズオカさんは頷いた。
「今はもう、封印はない。封印はないけど人は落ちてこない。意味することは一つしかない」
「マラソン大会で交通規制とか」
 フジエダさんの言葉はスベりすぎてフィギュアスケート状態だ。東と西を繋ぐ大動脈である高速道路は一日も停止出来ない。そのために絶大な労力を掛けてきたと私は習ったことがある。
「日本は壊れたのよ」
 シズオカさんは言った。
「それ以外には説明できない」

 シズオカさんの説明のあと、なんとはなしに休憩になった。私とフジエダさんは二人で並んで城壁から足を投げ出し、水の流れる雄大な景色を見ていた。もちろん肩には、モリマチさんも乗っている。
「これからどうしようか」
 足をぶらぶらさせながら、フジエダさんは言った。旅の目的がなくなってしまった。
 私は眼鏡を取って涙を拭いた。
 フジエダさんが優しく口を開いた。
「この旅行、結構わくわくしてたんだけどね」
「心機一転、旅芸人の一座になるのはどう?」
「そこはアイドルにしようよ。アイドルかぁ。いいよね」
 私は手で×印を作った。フジエダさんとモリマチさんが黙った。
「謎が解けた」
「何の?」
「何が?」
 フジエダさんとモリマチさんの言葉をよそに、私はシズオカさんのところへ走った。城を見あげて声を掛ける。
「シズオカさん、話を聞いてください」
「なあに?」
 シズオカさんは不意に出てきた。逆さまの格好だった。手に王冠を持っている。どうやら気ままに飛んでいたらしい。
 びっくりはしたが、ここで引き下がるわけにはいかない。日本には友達がいる。先生たちもいる。単に観測地域と同じ場所に住んでいたという理由だけで勉強のための援助をしてくれた企業たちがある。
「答え合わせがしたいのです」
「なんの答え?」

 私は息を吸った。
駿河湾沼津 するがわんぬまづ の大妖精の狙いについてです」
「答え合わせはいいけれど、私、答え知らないよ? だって聞いてないもん」
 後方でフジエダさんとモリマチさんがずっこけているのを感じたが、私はそれを無視した。
「大丈夫です。技術的な確認ですから」
「いいけど」
 シズオカさんはようやく天地を元に戻した。ひっくり返って私の顔を見て笑った。
「あんまり落ち込んでなくて良かった」
 答え合わせの結果によっては泣く、また引きこもると思っていたが、私はそれについては何も言わず、答え合わせに専念することにした。