第十七話
「釣り」

希望世界 エルス ・静岡

 食事は外でとる事になった。室内には調理器具も食材もないし、人間は大妖精と違って絶技を使えばお腹が膨れるわけでもない。
 黒い陶器兵に皆で登って、ゆっくりと運んで貰って城の外へ。フジエダさんやモリマチさんと一緒に食べられる食材を探す。
「野草はフジエダさんお願い」
「任せて。グラウンド整備のついでに野草は一杯採ってたから」
「ヘレトがいいな」
 私はこの季節においしい野草の名を告げた。
「あるので我慢に決まってるじゃん」
 フジエダさんはつれない返事をして走って行く。一方私は、魚を釣ることにした。旅に出るなら釣り竿くらいは持っておくべきなのが人間の流儀で、私は分離式の竿を持ってきていた。
 シズオカさんは興味深そうに私の仕草を見ている。
「それで何するの?」
「釣りです。お魚を釣って、食べる」
 シズオカさんが王冠を落とす勢いで後ろに下がった。
「食べる!?」
「食べないで釣りするわけないでしょう」
「そう、なんだ」
 金属音とともに転がった王冠を拾ってかぶり直しながら、シズオカさんが呟いた。目は完全に泳いでいる。まあ、うん、食べ物を食べない大妖精だと、そうかも。私たちで言えばデカイタチの丸焼きとかを出されたときと大体同じような表情になっていた。
「食べた後はどうするの?」
 おそるおそる、シズオカさんが尋ねた。その発想はなかった。
「生ゴミはちゃんと処理しますから大丈夫です」
 シズオカさんは小さく震えている。よく分からないが怖がってると思う。
「あの、人間食べないと生きていけないので……」
 控えめに人間の事情を告げると、シズオカさんはロボットみたいに頷いた。
「だ、だいじょう、ぶ。よ? 敵を殺すのと蹂躙するのはお任せ、だって私は大妖精だもの……でも、その、殺した後の死骸を……」
「だったらその、見ない方が、いいかも」
 私の言葉に、シズオカさんは蒼白な顔で頷いた。頷いたあと、とんでもない速さで遠ざかっていった。確かにあの様子では人間の多い場所で暮らすのは難しそうだった。
 竿を組み立て糸とウキを繋いだあと、私は頭を掻いた。魚釣りに向いた場所を聞き損ねた。ため息をついていたら直立不動に立っていた黒い陶器兵が、ゆっくりと私に手を差し出した。
 手助けをしてくれるのだろうか。
「釣り、分かる?」
 黒い陶器兵はゆっくり頭を振る。
「この近くに、水の流れの静かな場所、あるかな。そこに行きたい」
 黒い陶器兵は私に手の上に乗るよう促すと、歩いて私を運び出した。振動はほとんどない。膝関節や腕の動きで振動を打ち消している。良く出来た動きだった。
 これだけ複雑な制御をやるために、ボディが大きくなったのかもしれない。
 陶器兵の中指にまたがるように脚をすべり込ませながら、そう考えた。戦闘の役には立たないが、大層高機能な陶器兵だ。いや、こうなってくると兵ですらないかも。
 横をモリマチさんが飛んでいる。私を見た。
「魚釣りに向いた場所、偵察してこようか」
「お願い。モリマチさん」
「うん、お姉さんに任せなさい」
 モリマチさんは笑顔で飛んでいった。ちょっと小さくなった気はするけど、それ以外は普通に元気そうで、動きも遅くなったりしていないので安心した。もっとゆっくりモリマチさんと話せば良かったと、傍から居なくなってはじめて思った。黒い陶器兵は私の動きをどう思ったか、優しく地面に下ろしてくれた。
 下は、土手のようになっていた。登ってみると池がある。本当は水路の流れが緩やかなところがよかったのだが、まあ、ここでもなんとかなるような気はする。
 石をひっくり返し、小さい虫を見つけて餌にした。釣りをはじめて数分でモリマチさんが飛んできた。
「見つけて来たけど無駄足だった?」
「ううん? ここで捕まらなかったから、そっちに行くから」
 モリマチさんは私の肩の上に座って脚を伸ばしたり広げたりあくびしたりしている。元気そうで良かった。モリマチさんは私の耳にしなだれている。
「モリマチさんが元気になって良かった」
「それを言うなら二人が無事で良かったよ」
 モリマチさんの笑い声。私は竿をあげた。主が釣りをしないせいで、このあたりの魚はすれてない。結構大きなイウカが釣れた。日本でも同じような魚を食べるのだろうか。
 連続して5匹釣り上げ、満足して帰る。黒い陶器兵は今度も私を運んでくれた。親切な陶器兵だと思ったけど、実際はどうだろう。誤って踏み潰さないように、そういう指示が出されていたのかもしれない。だとすれば、良く出来た陶器兵だ。

 長い戦いで戦術や戦略はほとんど出尽くしている。陶器兵も同じ。戦場において陶器兵は密集して損害をものともせずに突撃するか、食事を必要としないので敵の後方にばらまかれて厄するものだった。人間にとっては戦闘騎に並んで憎いものだ。
 でも、戦いという概念から離れて作られたこの陶器兵はどうだろう。戦術や戦略から解き放たれて、まるで人生を楽しむよう。私たちを運んでのんびり歩いていた。
「これで旅が楽になるね」
 モリマチさんが楽しげに言う。そうか、気が動転していたけれど、シズオカさんはこの子を護衛としてつけてくれるらしい。
 私は背後の陶器兵の髑髏顔を見上げた後、フェイスガードについては交換したいなと考えた。