第十六話
「笑顔」

希望世界 エルス ・静岡

 泣いて怒ったら、目が腫れぼったくなった。それで、目を洗いたいと言ったら、外に案内された。目の前にある大きな噴水の水は、人間には酷く有害だという。
 朝に見るシズオカさんの城はとても幻想的な眺めを作っていた。流れるいくつもの滝に、浮かぶ水晶。緑に呑まれつつある大きく白い城。飛び立つ鳥たち。水面に浮かぶ、白い雲。ここはとても綺麗なところだ。
「綺麗」
「でしょ」
 フジエダさんがリフティングしながらそんな事を言う。昨日あんな目にあったのに、ちっとも堪えた様子がない。私は体中が筋肉痛だと言うのに。
 ここは安全という小さな滝に手を入れて水を分けて貰う。ひんやりして気持ちがいい。
「ここには何人住んでいるんですか」
 顔を洗って私が尋ねると、遅れてやってきたシズオカさんは不思議そうな顔をした。
「一人もいないけど」
 一瞬驚いたが、人間がいないだけで大妖精や小妖精は沢山居るのだろう。そう思って頷こうとしたら、シズオカさんは王冠をずらして頭をかいた。
「大妖精も私だけだよ。ぼっちなの」
「ぼっちとは、高度な日本語知ってますね」
「でしょ?  NEFCO ネフコ の人に教えて貰ったの」
 でも、一人ぼっちは寂しいし、つらい気がする。しかし昨日今日会った人に言う話題ではない気もする。迷っていたらシズオカさんが口を開いた。
「ここには陶器兵があるから。陶器兵が城のメンテナンスをしているの。数はちょっと足りてないけど、私が生きていくくらいには、なんとかなっているから」
 それは、いいことなのだろうか。
 人のいいNEFCOのことだ。ここに観測地点を作ったのは分かる気がする。私はシズオカさんについて噴水の部屋まで戻りながら、掛ける言葉を考えた。
「言っておくけど、心配とかいらないからね?」
 私の考えを読んだように、振り向いてバックしながらシズオカさんは笑って見せた。
「本当に心配無用だから。アニメとゲームと模型があればなんとかなるのよ」
「あるんですか。アニメとか」
「いや、ないけど。例え話」
 分かるような分からないような。私は考えながら噴水の部屋に戻った。噴水の前には、出るときと同じように黒い陶器兵が立っていた。

 私は陶器兵を間近で見たことがない。前の戦争の時に作られたであろう破壊された残骸などは見たことがあるけれど、それだってじっくり観察したことはない。陶器兵からは毒が出ると信じられていて、親に近づくなと言われていたせいだった。

 その陶器兵が、目の前にある。しかも新造されて間もないものだ。まだ装甲に装飾がなされてもいない、無垢の機体だった。
「毒は、大丈夫?」
「毒? なあに、それ」
 私のつぶやきに、シズオカさんは首をかしげた。
 親は嘘を教えていたらしい。まあ、危ないから近づくなと言いたかったのだろう。それで私は安心して一歩前に出て黒い陶器兵を眺めることにした。

 髑髏を象ったフェイスガードを付けた黒い陶器兵。大きさは通常の陶器兵の2倍、10m近くある。もしかしたらもう少し高いかもしれない。設計製造技術がこれまでと同じとすれば重量は二乗するから4倍の重さになるはずだ。となれば、40tを超える可能性がある。
 40tの重さを二脚で受け持てば半分の重さが足の裏で支えないといけない。人間の身体の比率と比較してかなり足は大きく作られていた。それでも重量を全部足で支えるとすれば、ちょっと足の裏の面積が不足するように思えた。これでは軟弱地で動くことは出来ないだろう。すぐにスタックしてしまう。
 それに……私は足下から見上げながら一周回った。
 足下の死角が多すぎるように見える。私は兵器は専門外だけど、この陶器兵、多分実用性がない。少なくとも使う場所は極端に限られる気がする。
「どう、感動した? シズオカ驚異のメカニズムでしょ。前に足柄SAで飾られていた機体を見てピンときたの。ああ、大きいときっと格好いいって」
 なるほど。飾りか。飾りならこの大きさは実にありのような気がする。なにしろ迫力がある。手にする30mくらいの槍が塔のようだ。ここに旗をつければ観光客が引きも切らず集まる気がする。
 ……って、飾り? え、飾りなの。
 なんというか壮大な資材の無駄遣いを見たような気がして私は陶器兵を見直した。確かに飾りならまあ、見た目より重量を大幅に軽く出来るし、この程度の足の大きさでもいいだろう。そもそも軟弱地なんか歩かないわけだし。
 いやでも、私は横目でシズオカさんを見た。シズオカさんは罪のなさそうな顔で私を見ている。罪がないというか、自慢している顔だった。褒めて褒めてと、目が語っている。
「ああ。うん。素敵な陶器兵ですね」
「でしょ、でも皆分かってくれないの」
 そりゃまあ、多分うん。
 私は陶器兵をもう一度見た。でもこの張りぼてみたいな陶器兵のおかげで、この静岡は平和なのかもしれない。援軍に来て欲しいと手紙を出した領主たちも、これを見たら何がなんでも味方にしようという気が薄くなるだろう。幻滅し、ため息をつくはずだ。
 私がシズオカさんを見ると、シズオカさんはひどく頭のよさそうな顔で笑っていた。
「もしかして……」
「もしかして?」
「全部分かって作ったんですか」
 その時のシズオカさんはとても可愛らしく見えた。笑顔が良く似合っていた。