第十二話
「女の子」

希望世界 エルス ・静岡

 私は走った。人生の中でこれだけ走ったことはついぞなかった気がする。歯を食いしばって涙と はな を流しながらの走りだったが、思ったより、ずっとずっと遅かった。
 それでも山道を走るよりは速かった。高速道路は、命も救えるかもしれないと今更ながらに思った。揺れないで移送できることも患者の生存率向上に寄与するだろう。
 脚が、止まった。もう走れない。私は荒い息のまま、ままならぬ自分の太ももを何度も叩いた。
 気づけば全身汗だくになっている。息をするのがつらい。友達にごめんと謝りながら深呼吸を何回かして、また歩き出した。走らないといけないのだけれど。
 助けを求めるとして、掛川は遠い。でも日本なら、日本の新東名高速道路なら、清水と掛川の間にはもう一つ NEOPASA ネオパーサ があったはずだった。そこに観測点があると聞いたこともある。観測点があって観測されていたということは、きっと観測に足る何かがいたのだろう。 NEFCO ネフコ が人助けをもっぱらにしていたことを考えれば、人がいたのではないか。
 こっちの高速道路は日本のそれを正確になぞっているはずだから、合わせて降り口もきっとあるはず。
 推定に推定を重ねて工学系として恥ずかしいけど、それでも今はそれに頼るしかなかった。綺麗なカーブを描いた降り口をみつけて、踊りたくなる。希望をみつけた気がして、それでまた、走る事ができた。泣くのはまだ早い。友達のために、できることをしなければ。

 降り口から降りたところは木々の乱立する山の中だ。道は、ない。さっきの希望が雲散霧消しそうになる。いやでも、どこかにある。きっとある。
 暗くなってきたけれど、それでも目をこらして探そうとする。見つからない。泣きそうになる。そのうち音がしていることに気づいた。川か滝の音だった。
 人は水なしでは生きていけない。私は推測に推測を重ねてぐらぐらになった考えに、さらにもう一個推測を乗せた。水の方へ近づけば、誰かいるに違いない。

 枝に傷つきながら格闘する。考えるのはやめて、ただただ、前に進むことだけを考えた。周囲は暗くなったが、音を頼りに進んでいるので、大丈夫。光る目がいくつかあったような気がするけど、それも無視した。
 待っているフジエダさんがどれだけ泣いているか。モリマチさんが痛がっているか。
 不意に脚が滑って転びそうになった。水しぶきが顔に当たって私の熱い頬を冷やしていた。人工の滝が何段にも続いていて、その奥に何か建物がある。月でも出ていればいいのだけれど、それもない。
 水音の原因はこれだろう。人工建造物があるということは人がいるのは確かだろう。廃墟になっていなければ。
 私は大声で叫ぶ。誰か居ませんか、助けて、助けてください。友達が大変なんです。

 声は水の音でかき消されている。私は絶望的な気分で人工の滝を見上げたあと、それでも、と歩き始めた。階段らしいものはないので、滝をどうにか登ろうとした。

 当然、落ちた。いや、落ちなかった。
 マニピュレーターに腕を掴まれたせいだった。陶器兵が私の腕を取って落ちないようにしていた。

 角が、ある。いや、というか、この緑色の陶器兵は、なんというか、日本のアレだ。どうみてもあれだ。大きさは違うけど、アレだ。

「何が大変なの?」
 不意に、陶器兵の陰から女の子が出てきた。陶器兵はアレなのに、白い服だ。頭にちっちゃな王冠をつけている。透き通った羽根は小妖精にも似ていた。この人は、いや、この妖精は大妖精だろう。普通だったら暇つぶしに殺されるような状況だったが、いや、日本の影響を受けているのは間違いない。だったら価値観も日本に近い可能性がある。むしろそれに賭けるしかない。今から別の人に頼る時間なんてない。
「友達の小妖精が絶技使ったら、羽が割れて……」
「小妖精が絶技使ったら死んじゃうよね。体内に保持するリューン少ないし」
「まだ死んでません! ……多分」
 陶器兵の指が離れた。私は足下を流れる滝の水にさらされながら、尻餅をついた。
「お願いします。友達を助けて」
 王冠の女の子は、私のぐちゃぐちゃの顔を見て肩を落とした。
「まあ、いいけど」

 いいんだ。良かった。いや、今はすがる。全力ですがる。後の事は後で考える。私は立ち上がることもせずに、モリマチさんとフジエダさんの居場所を告げた。
「すぐ行くから、ついてきて」
 私が立ち上がろうとしたら緑色の陶器兵が私を持ち上げた。そのまま王冠の女の子の前に立たせる。女の子が小さな声で歌うと私の身体が浮かび上がった。
「マッハでいくよ」
「こっちの音速って分かるんですか」
「違う! これはアニメの台詞!」
 女の子は怒りながら私の手を引いて飛んだ。さすが支配種族。道なんていらない。