第十一話
「絶技」

希望世界 エルス ・高速道路

 フジエダさんが喚くと、速度がめっきり落ちた。気持ちは分かる。
 モリマチさんはポケットから出ると羽を広げて私たちの顔を見た。良い笑顔、してる。
「お姉さんに任せなさい!」
「何を信用するのよ何を。生コン持ってきてるとか?」
「フジエダさん落ち着いて」
 多分必死に走ってきて、それで現実的でない解法を次々言われて怒ったのだろう。あるいは心が折れてしまったか。いずれにせよフジエダさんは頭から煙を出す勢いで足踏みしている。
「サッカーは走らないと意味ないんだよ!」
「意味分からないし。いいから、いいから、どうどう、どうどう」
 私はフジエダさんを押さえながらモリマチさんを見た。
「できるの?」
「任せて。私はいつだって、お姉さんなんだから」
 それがとても大切なことのようにモリマチさんは言って微笑んだ。
 既に陶器兵は目に見えるくらいに近づいて来ている。陶器といっても私たちの食器とは次元が違う靱性と強度、硬度を持っている。音速の弾が当たってもレーザーが当たっても戦闘を続けられる。当然人間が勝てた例はない。

 迫る陶器兵の前に立ちはだかるように、透き通った羽根を広げて飛ぶモリマチさん。凄い小さいのに頼りになる気がする。気のせいかもしれないけれど
 彼女は両手を広げて口から歌を歌い出した。

”すべての生命の母にして美の極北たる赤の赤に希う”
”それは地の母が受け継ぎたる血の契約”
”赤にして東雲の我は万古の契約の履行を要請する”
”我は召喚する水酸化カルシウム、我は召喚するシリカ、我は召喚するアルミナ、我は召喚する! 砂と小石! そして水!”
 次々と空間が輝き出すと空から材料が落ちてきた。膨大な量だ。モリマチさんは誇り高い顔で歌い続けている。
”回転せよ! 良く混ざれ!”
「形は、木、みたいなの?」
「うん」
 モリマチさんは微笑んで広げた手を前に伸ばした。
”我は守りたる姉の誇り 我は守りたる姉妹の身”
”完成せよ 巌の盾!”

 聞いたこともない絶技だった。新しい絶技? そんなもの、ありえない。全ての絶技は巨人が教えたもの、それ以外なんて、ない。
 でも、目の前でコンクリートの林ができあがる。

 生えてくるコンクリートに、走ってくる陶器兵が吹き飛んだ。日本もびっくりの日本の知識の使い方だ。
「私走ったの意味ないじゃん!」
 フジエダさんが地団駄踏んで怒った。まあうん。気持ちは分かる。
 私は何か言おうとして何も言えなかった。絶技を実際に見たのははじめてだった。
「そんなことないよ」
 モリマチさんはそう言って墜落した。顔が真っ白になっていた。
 慌ててフジエダさんが空中で拾った。凄い。私は指一つ動かせなかった。コンクリートの林の向こうで陶器兵が戻ることもできず進む事もできず動きを止めてしまっている。後ずさりしたりできないようだった。秋葉原で売ってあるロボットでもこれくらいはできるのに、遅れてる。

 ともあれ、モリマチさんの様子を見ないと。現実逃避するのは私の悪い癖だ。
 自分の手がおもしろいように震えている。これではモリマチさんを抱え上げたりなんてできっこない。震えすぎてひどく揺さぶることになってしまう。
 アスファルトの上に膝をついて、フジエダさんを見る。綺麗な羽根が根元から折れていて、胃が締め上げられているような気分になった。
 絶技、こんなに凄い力なのに、今まで使わなかったのはなぜか。答えが分かった気がした。いやでも、駄目だよ、こんなことで傷ついたら。
「ど、どうしよう」
 フジエダさんが泣きながら言っている。私はそれに対して何も言えなかった。頭が白くなって、何も考えられない。いや、でも、それでは駄目だ。それでは。モリマチさんを、友達をなんとかしないと。

「動かせる?」
 フジエダさんが涙を落としながら首を振った。
「駄目、動こうとしたら、脚が、壊れた。どうしよう、どうしようシミズさん」
 私には答えがない。フジエダさんにも答えはないだろう。
 私は立ち上がった。
「可能な限り優しく下ろそう。私、行ってくる」
「行くってどこにさ!?」
「助けを呼んでくる」
「どこにいるのよそんな人」
「居るところまで走ってくる、モリマチさんを守ってて」
「私が行くよ!」
「駄目だよ。さっきまで私を担いで走ってたんだから」
 私はそう言って、頷いた。
「待ってて」
 背後はコンクリートの林、その後ろはさらに陶器兵。だとすれば前に進むしかない。