第二十八話
「変動」

 太陽に照らされて、新しく出来た湾は輝いて見えた。沈んで自然に還っていく船も、樹や魚の住処になっている。
 ハママツは楽器を取り出して、鳴らした。4弦の弦楽器である。輝く湖面をイメージして曲を鳴らし、いい朝だ、私はとても機嫌がいいと歌を歌ったが、フジマエは何の反応もしなかった。

「おいこら、曲を聞いたら何か言ってよ。あと、315円ってなに」
“曲についてはノーコメントだ。315円については、秘密だ”
 ハママツは、怒りかけた。そもそも彼女は、秘密が大嫌いだった。なにせ彼女自身は隠し事が下手な上に騙されやすいので、これまでも散々からかわれたりしていたのだった。
「どういう意味よ」
“今はまずい”
 ハママツは、笑顔で怒った。あんだと?
「宣戦布告だそれは!」
 近くにいたナガシノがびっくりする勢いである。
 フジマエが、しー、しーとか言っている。
“落ち着け”
「吟遊詩人ってのはこれで、この腕で食べてるんだからね。それコケにされて黙るヤツがいるか!」
“喧嘩しないんじゃなかったか”
「そっちが破ったんでしょ」
“いや、だからな”
 首を振るような音。雑音。
“悪くはなかった。いや、むしろ良かった”
「なんで小声なのよ」
“色々あるんだ。あ、戻ってきた。いいから、あと、315円は恥ずかしいから言わないように”
 ハママツは半眼でふーんと言った。なに、勝手に頭の中に住み着いて隠し事までするっての?
 楽器を取り出し、315円の歌を歌う。315円と連呼するのである。はぁー315円、315円。
 盛大に頭をぶつける音がした。
“だから・お前は・人の・話を・聞け”
「あーら、何が恥ずかしいのかしらー」
“いや、だから、それはいいから。ほら、今日は岡崎へ行くぞ。また危険な旅になる”
 ハママツは、美少女のように笑って、砂浜に座り込んだ。体育座り。

「絶対、動かない」
“ちょ”
「徹底抗戦だ!」
“なんでそうなる!”
「秘密は嫌いなのよ。あと、私の歌が好きになれない人なんかと一緒に旅できない。バイバイさよなら。もう話しかけないで」
“いやいや、故郷が”
 ハママツは自分の耳を塞いだ。下を見た。ぎゃーと悲鳴のようなフジマエの声が聞こえたが無視した。
 どれくらいそうやっていたか。頭を白いもふもふで撫でられて、ハママツは顔をあげた。ナガシノがシタラの尻尾を掴んで、ハママツの頭をなでたのだった。
「何?」
「酷い顔をしている。よく分からないが、顔を拭け」
 尻尾で鼻をかもうとしたら、シタラの尻尾が慌てて逃げた。それでハママツは泣いた。泣いてしまった。
 ナガシノがシタラを睨んだ。
「おねえちゃん!」
「豊かな尻尾は女の命よ。あと、 はな は乾くと毛がくっついて抜ける」
「もー! そんなこと聞いてない。ほら、ハママツ、泣かないで。布は、えっと」
 ナガシノは手ぬぐいを出してきた。涙と洟を拭いたが、涙が止まらぬ。ハママツはそれでかんしゃくを起こした。
「だから皆フジマエが悪い! 何か言え!」
 返事がない。ナガシノは困った顔でシタラを見た後、うかぬ顔でハママツに近づいた。
「ああ、うん。フジマエが悪い。それで落ち着いて聞いて欲しい。どうも今、可能性に変動が起きたみたいで」
「なに、それ」
 ナガシノはゆっくり言葉を吐いた。
「フジマエの声が、そっちに聞こえなくなった。今は私のところに聞こえているんだ」
 幻想交流、始まって以来の大ピンチである。