第二十六話
「名鳥」

  藤前 ふじまえ は、昼から開いている居酒屋で飲んだくれ、テーブルに突っ伏して呪詛を吐いていた。昼から飲んでいるのは、やさぐれているというよりシフトの関係である。
 一緒につきあっている技術部の 名鳥 なとり は、能面のような顔で藤前のグチにつきあっていた。
 上司とはいえ、なんであんな事言われなければならんのだ。
 藤前はテーブルに額をつけて言った。
 一皿280円とはいえ、凄い量だと、名鳥は空になった皿とジョッキを見て思った。おごりというのでついてきたが、これは失敗だったかもしれぬ。
 藤前は涙目で顔をあげた。
「おかしいでしょ名鳥さん」
「これから先次第ですね」
 横目で皿を数えながら、名鳥は言った。藤前は首を前後に振った。
「いや、おかしい。あの人は目が背中についている、でなければ、でなければあんなこと言うわけがない」
「ハママツと仲がいい」
「さんをつけろ!」
 名鳥は能面のような顔でクレジットカードのパスワードってなんだったっけと思い出し始めた。2で割っても3で割っても手持ちのお金より大きい。これはまあ、なんだ。

 オラ、わくわくしてきたぞ。

 能面かつ熊のような顔で、名鳥は思った。この人物、見た目はともかく、内面はひょうきんで面白い人物だった。
「呼び捨ては地名と混ざるし、そもそもかわいそうだろう」
「そうですねえ」
 そう言えばポスターの文言もそれで変更したのだった。名鳥は遠い目をして思った。新東名高速道路のSAPAに、ちなんだ名前の人物ポスターを置いたのが、ここ最近である。
 ハママツ、じゃない。ハママツさんは、もめた。藤前に加えて調査部の岩井が細か過ぎるチェックをしたのである。露出が多いとか目線はこっちのほうがいいとか、おかげで名鳥は印刷所と何度もやりとりをすることになった。困ったものである。
 一つ品質をあげると、当然バランスをあげないといけないからである。おかげで名鳥はすっかりナガシノさんやトヨタさんに詳しくなってしまった。今や僭越ながら彼女たちの影の味方である。
 見れば、藤前は独り言を言い続けている。
「どこが、仲がいいだ。喧嘩ばっかりじゃないか」
「そういや、この前飲みに行った理由は、泣かせたとかでしたね」
「僕がちょっと厳しいこと言ったくらいで! そのくせ粋がるんだ」
 名鳥は、皿を再度数えながら、確かにそう言われてみればこの会話、のろけに聞こえなくもないと思った。うん。しかし俺はどれだけ食べたんだろう。
 藤前は起きあがった。
「納得できん!」
「それ、飲む前から言ってましたよ」
「飲んだくらいで筋は曲がりません!」
 じゃあ、なんで飲んだんだろうこの人と名鳥は思ったが、まあ、サラリーマンてのはそういうもんだよなと思い直して、少しだけ笑った。
「ま、筋を曲げないのもいいかもしれません。この頃は簡単に筋を曲げる奴が多すぎる」
「ありがとう、名鳥さん。あ、ビール一杯お願いします」
 言葉の後半は店のお兄さんに言った言葉だった。
 名鳥は笑顔のまま、藤前の首をしめた。