第二十四話
「夜」

 夜。一人起き出してかつての砦の防壁の縁に座った。
 ハママツが起きたことはシタラは耳を立てて気づいたようだが、尻尾を軽く揺らしただけで、何も言わなかった。

 冷たくもない青く輝く雪が降っている。
 月と青い雪に照らされて、波の音を聞く。
 ハママツは長靴を脱いで足をぶらぶらさせながら、頭の中に声をかけた。
“まだ12時間経ってないよね”
“夜はちゃんと寝た方がいい”
 即座に説教が返ってきた。いつもならこのまま大喧嘩なのだが、昼の一件で疲れて、そういう気にもならなかった。
“寝れないから困ってるのよ”
“音楽でも流そうか”
“いい。今はそんな気分じゃない”
 向こうもムッとしたようだが、説教をがなりたてることもない。向こうも疲れているのかな。
“いつにも増して不機嫌そうだな”
 綺麗な風景を見ながら、ハママツは首をかしげた。
“そう? 機嫌は悪くないけれど”
 しばらく沈黙があった。
“反応が難しい”
“ナニソレ”
“よく分からない”
“それでよく、私を助けるなんていえるね”
“それとこれは関係ない。なんとか直線距離で22km歩けたろう”
“言ってることが分かんないけど、そうね。まだ生きてる”
“ああ、くそ、たった22kmか。高速道路があれば一瞬なのに”
“最強の武器ってやつ?”
“そう、そうだ。あー”
“あによ”
“怖くて眠れないのか?”
“別に?”
“そうなのか”
 フジマエは何事か呟いている。聞こえないつもりなのかもしれないが、ハママツは耳がいい。片眉あげて空を睨んだ。
“女は難しいって、何”
“ハママツは難しいでもいい”
“あんたの方がずっと気難しいんだからね。それとも男って皆そうなの?”
“どこが気難しいって言うんだ”
“すぐ怒る”
“そっちほどじゃない”
 防壁の上でハママツは横になった。海を見ている。
“いつも喧嘩してるね。私たち”
“否定はしない”
“喧嘩するのも NEFCO ネフコ の仕事なの?”
“断じて違う。べっ”
“なによ、べって”
“別に喧嘩したいわけじゃない。結果だ”
“私だって喧嘩なんかしたくない”
 二人で黙った。でも結果はこの有様だ。世の中は難しい。
 不意に、ハママツは起きあがった。
“そうだ。一日喧嘩しないのはどう? 楽しくなるかも”
“実質12時間だな。交代制だから”
“二回やるのよ”
“それは……難しくないか”
 ハママツは髪を手ですくいながら口を笑わせた。
“まあ、あんたには難しいかもね。あんたには”
“なん、だと”
“怒らせた方があやまるとかでもいいなあ。あ、でもそうしたらあんたあやまってばっかりだね”
“その挑発が怒らせているんだ!”
“あ、ごめーん”
“くっ”
 ハママツ、にんまり。いい気分。そろそろ寝るかと防壁の上から起きあがった。
“いいだろう”
“なにが?”
“一日喧嘩しない”
 力強くフジマエは言った。
“できないことなんて約束しないでいいのよ?”
 何か叩く音、うなる音。向こうが色々大変らしい。ハママツは上機嫌に足を揺らした。おじいちゃんおばあちゃんに感謝されるよりこっちの方が楽しいとか、終わってるね、私。
“約束だ!”
“あー、はいはい。もう眠くなったから寝るね、私”
“くー”
 ハママツは笑った。防壁から降りて防壁に背を預けて月を見上げる。
“そういえば、水があればフジマエの顔とか見えるの?”
“水があれば、じゃないな。適切な設備があればだ。水だけが原因じゃなくて、そっち側の魔法が必要になる”
“ああ、あの水鏡はシタラがやってるんだね”
“そういうことになるな”
“人間って絶技使えないんだよね”
“そうらしいな”
 自分の髪を弄ぶ。自分が何を言いたいのか、答えを出すのは難しい。
“ま、寝る。旅はこれで終わりじゃないんでしょ?”
“ああ。次は岡崎だ。そこで巨人にあってから、今度は東へ、駿河湾沼津を目指す”
“大冒険だね”
“大丈夫だ”
 どの辺が大丈夫なのかと思いはしたが、まあ、これぐらいでは怒らないわと思い直した。今日は喧嘩せずに寝たい。そっちの方が、よく眠れると思うから。