第二十三話
「水底」

 連れてこられたところは絶技による攻撃で半分以上倒壊した砦だった。ハママツが寝かされていた場所と同じである。
 あ。ここかと、室内まで侵入した蔦を目で追いかけつつ、部屋の隅の井戸を見る。蓋がしてあった。
「こんなに海に近いのに真水が出るんだ」
 ナガシノは自慢げに言った。
「出るって、雨を貯めているんじゃなく?」
 そう言ったら、変な顔をされた。
「湧き水がないのか」
「うん。初めて聞く」
 ナガシノとシタラが顔を見合わせている。たいそう珍しい話だったらしい。
 数日歩いただけで、随分と違う。
 気を取り直し、ナガシノは水を汲んでくれた。
  柄杓 ひしゃく に入った水はうまく、どれだけでも飲めそう。
「おいしい」
“胸元が塗れている、早く拭け”
“あによこっちは感動してるのに”
“目の毒だ”
 言われるほどいやらしくもないが、まあ、小さな子供みたいではある。それで、水を飲むのをやめて頭をさげた。
「ごめん、あまりにおいしくて」
「雨水よりは、そうだな。いや、話を元に戻して」
 ナガシノは井戸の底に顔を向けて指を指した。
「あそこ」
「え、え?」

 揺れる水面に長老よりも年寄りの人がいる。こっちを見て、あわてて皆を呼び始めた。
 続々水面に年寄りが映る。一杯。
「元気だったー!?」
「初陣は、初陣は!?」
「痩せたかのー?」
「シタラも元気でー」
 ナガシノは甘い顔をして笑った。
「そんなに一杯言っても答えられないよ」
 おお、と、声が帰ってきた。
「これが向こうの、日本の人々だ」
「水底の住人なんだ……」
“いやいや、ディスプレイ代わりに水を使っているだけだからな。普通の人間と変わらない”
“あ、そうなんだ”
 ちょっと残念。何か凄いものを期待していたのに。
 ナガシノは甘い顔と声で水面の老人たちと会話している。まるで孫と祖父母のよう。
 ハママツは少し笑って、その様子を見ることにした。
 シタラも微笑んでいる。
「寂しくはなさそうだね」
「幸いにも」
 シタラは優しく言った。
「だが、繁殖ができない。それを心配している」
「あー。男少ないもんねえ」
「ふむ。浜松でもそうなのか」
“戦争から随分経っているのに、男子の数が改善されないのはおかしいな”
 またもフジマエが割り込んできた。
“そうなの?”
“ああ。日本でも前に戦争で大量に男子が死んだことがある。その時だって男子不足は二世代ほどで消失した。それと、誰かの愛人になんかならないように”
“なにそれ?”
“いや、前に言ってたから、もう一度言っておこうと”
“嫌がらせのつもりかもしれないけれど、今じゃ捨て子だからそんなの夢のまた夢よ”
“嫌がらせじゃないし、捨て子じゃない。僕たちがいる”
“はいはい”
 頭の中での会話がすっかりうまくなってしまったと思いながらナガシノを見る。ナガシノはずっと水底の老人たちと話し込んだままだ。
「いつもああやっているの?」
「そうね」
 シタラは優しく言った。
「ハママツさんとやらー?」
 老人たちの声が自分を呼んでいるのでハママツはびっくりした。ナガシノが恥ずかしそうにこっちを見ている。
 寄って水面を見ると、老人たちが、泣いていた。
「友達できたんだってねぇ」
「よかった。よかったー」
 皆、感涙だった。ハママツはこういう雰囲気に慣れていない。え、え。と思ううちに老人たちは口々にありがとうと言い始めた。
「な、何がありがとうなの?」
「ナガシノに友達できたのは嬉しい」
 老人の一人が男泣きで言った。あ、はい。と圧倒される中、老人たちの暑苦しい感謝表明が始まる。

 それから数十分、怒濤のような一方通行で褒められ、感謝され、結果気力を削られた。ようやく解放されてよろよろと歩く。
 たっぷり眠ったはずなのに、横になって休みたいくらいに気力の削られた数十分だった。
「疲れた……」
「そうなの?」
 ナガシノは元気そう。座り込んでハママツはナガシノの顔を見上げた。
「いやあ、人が一杯で」
「人が3000人もいるところにいたのに人が沢山だと疲れるのか」
 ナガシノは心から不思議そうである。ハママツは苦笑い。
「うーん。うちの村は横幅なかったし、あと、あんなに一斉に喋るほど元気な老人もいないしねえ」
「そうなんだ」
 今度はナガシノがびっくりである。お互い知らないことが多すぎて、それで二人して、ちょっと笑った。